コラム

仕事は誰のためのもの?──哲学者・鷲田清一の“労働/余暇”論から

これまでのコラムで、単なる生計の手段ではない、人間の成長や社会貢献を視野に入れた労働の価値について述べてきました。本記事では、この問題に関連して、「労働vs余暇」という二項対立的な発想の検証を通して問い直した哲学者・鷲田清一の議論を紹介します。

「仕事=苦労/遊び=安楽」という対立構造

鷲田清一の『だれのための仕事──労働vs余暇を超えて』(講談社学術文庫、2011年)は、現代社会において根強く残る「労働vs余暇」という対立構造を再考し、それを超えた新たな労働観を提示する一冊です。本書の目的は、労働と余暇という二項対立がどのように形成されたのか、その背後にある価値観や社会構造を掘り下げながら、これまでの労働観を見直し、より豊かな働き方を考えることにあります。

まず、本書の冒頭で触れられるのは、一般的に広まっている「仕事=苦労、遊び=安楽」というステレオタイプの批判です。私たちは仕事を苦しいもの、遊びを楽しいものと無意識に区別していますが、実際には仕事にも喜びがあり、遊びにも訓練やルールが存在することは言うまでもありません。たとえば、スポーツ選手のように、仕事でありながら深い快楽を見いだす人々もいます。鷲田は、このような単純な労働観に疑問を投げかけ、より複雑で現実的な労働の姿を描き出そうとします。

 

 

現在は将来の幸せのために──進歩史観と資本主義の影響

鷲田の分析は、資本主義の進展とそれに伴う人生観の変化に注目しています。労働の目的は「生活のため」や「将来の豊かさのため」という考えが一般的ですが、鷲田はこの価値観が、未来のために現在を犠牲にする「進歩史観」や「資本主義」の影響を強く受けていると指摘します。私たちは常に「より多くを、より速く、より効率的に生み出す」ことが求められ、労働の意義は未来に向けた価値創造にあります。この考え方が、現代社会における労働のプレッシャーを増大させ、時間を無駄にすることに対する不安感を生み出していると述べています。

また、労働と余暇の二項対立が深まる中で、「仕事中毒」という現象が登場しました。かつての労働には多少の魅力があったものの、現代ではその魅力が失われ、仕事が単なる苦役として認識されるようになりました。

一方で、余暇の重要性が強調されるようになり、労働が否定される反動として、余暇が理想化されるようになります。しかし、鷲田は、現代における余暇もまた資本主義の価値観に組み込まれ、効率的に消費される「義務」として感じられることがあると指摘します。たとえば、自己学習や地域の活動のような「価値生産的な余暇」も存在し、純粋な楽しみとしての余暇はますます少なくなっているのです。 

労働/余暇の二元論を乗り越える

鷲田は、労働と余暇の二項対立を超えるためには、仕事そのものに意味を見いだすことが必要だと説きます。労働が単に未来のために価値を生み出す手段としてではなく、それ自体に有意義なものとして認識されるべきだと主張します。ここで重要なのは、他者との関係の中で自分の役割や意義を見いだすことです。たとえば、ボランティア活動では他者に対する貢献が明確に感じられ、その中で自分の存在意義を確認することができると鷲田は述べています。

本書の核心は、私たちが労働をどのように捉え、そこにどのような意味を見出すかという問いにあります。労働と余暇の対立を超えるには、労働が単なる手段ではなく、自己実現の一環として認識される必要があるのです。労働を「苦役」として捉えるのではなく、そこに自己の意義を見出し、他者との関係性の中で豊かな働き方を構築することが、今後の社会に求められる姿勢ではないでしょうか。

労働そのものに価値を見出せる組織

鷲田の示す新たな労働観は、現代の労働環境において重要な示唆を与えてくれるものであり、特に企業における人材マネジメントや働き方改革の参考になるのではないでしょうか。コロナ禍を経て、従業員の働き方や組織づくりに大きな変化の波が訪れる中、労働そのものに価値を見いだし、自己実現へとつながる働き方を推進することは、長期的な企業の成長にも結びつくはずです。従業員一人ひとりが他者への貢献を実感できる職場環境を整え、個々の能力や意欲を最大限に引き出し、協力し合う文化を醸成することで、労働がやりがいや生きがいに変わっていくのではないでしょうか。

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