もくじ
厚生労働省は2026年2月10日、「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)を公示しました。労働施策総合推進法の改正に伴い、事業主に対して「職場における治療と就業の両立を促進するために必要な措置を講ずる」努力義務が課され、2026年4月施行されます。
少子高齢化を背景に、高齢の就労者が増加したこと、がん等の疾病においても医療技術の進歩等により生存率が向上したことで、疾病にり患しても通院しながら働く労働者が増えてきています。しかし、がんと診断された人の約2割が離職をするという調査結果(国立がん研究センター「令和5年度患者体験調査」)にもある通り、労働者の理解不足や環境整備の不備等、様々な理由により、治療と就業の両立が困難になり離職に至ってしまうなどの問題も生じています。これからの労働市場において、事業主は病気と向き合い治療を続けながらも一人一人が能力を最大限発揮して働くことができる環境づくりが求められています。
今回のコラムでは「治療と仕事の両立支援」に関する関係法令と、事業主に求められる両立支援の制度設計と「ケアの倫理」の視点を取り入れた従業員支援のあり方について解説していきます。
治療と仕事の両立支援に関する法令
治療と仕事の両立支援を支える法律は一つだけではなく、複数の法律がそれぞれの役割を担っています。そして、疾病をかかえた労働者に対する考え方や関連する法令にも時代とともに変遷を経てきました。
例えば従来の労働関連法は「病気で働けない人は仕事をせず契約通りに休むか辞めるか」という考えのもと、傷病手当金など金銭的補償をすることが労働者への支援の形でした。しかし、1990年代以降に少子高齢化が加速し、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方が広まったことから、高齢者や障害を抱えた人など、多様な背景をもった労働者が増加し、病気等の様々な個別事情をかかえた者でも働くことのできる環境づくりが求められ、法令にも反映されるようになりました。
これはまさに「健康で標準的な労働者」を前提とした「正義の倫理」を中心とした従来の労働環境から、「人はだれしも病気等により他者を必要とし便り頼られる(相互依存)する時期がある」という前提のもと「ケアの倫理」を中心とした労働環境づくりが求められている証ともいえます。
それでは、具体的にどのような法令が関係してきているのでしょう。まず、前提として、事業主には従業員に対する「安全配慮義務」が課せられています。
関係する法律としては「労働契約法」と「労働安全衛生法」があげられます。まず、「労働契約法」は労働者が安全に働ける環境を確保するために使用者に義務を明文化しており、労働契約上の不随的義務として使用者に課されています。
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①労働契約法 第5条 |
また、「労働安全衛生法」は、上述した事業主の「安全配慮義務」に具体的措置を定めた法律です。事業者による従業員の健康確保対策についての規定が定められており、健康診断の実施や就業上の措置(労働時間の短縮など)などの実施が義務付けられています。具体的には第66条の5が該当します。
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②労働安全衛生法 第66条の5 |
そして、2019年から順次施行された「働き方改革」の一環として、上記の法律を踏まえて両立支援についての具体的なガイドラインを定めたのが「総合施策推進法」です。
これまでの法律が「雇用の安定」や「労働者の保護」を目的としているのに対し、この法律では労働者の「多様な働き方の実現」を目的としています。例えば、労働者が病気になったことを理由として不当な扱いをうけないこと、適切な就業環境を整え、両立支援のための具体的な措置を講ずることを指針として定めています。
具体的には第27条の3にその旨が定められています。
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③労働施策総合推進法(働き方改革関連法) |
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法律名 |
主な役割 |
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労働契約法 |
安全配慮義務と不当な解雇の防止 |
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労働安全衛生法 |
健康管理と就業上の措置(産業医の活用など) |
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労働施策総合推進法 |
疾病を理由とした不当な扱いの禁止や適切な就業環境を整える努力義務とそのための指針を明記 |
治療と仕事の両立支援とガイドライン
「事業場における治療と仕事の両立支援のガイドライン」は、治療が必要な疾病を抱える従業員が仕事を理由として治療をあきらめることや、治療を理由として離職することを防ぐために、事業主および関係者に求められることを具体的に記載したものです。2026年4月1日より、法的義務として施行されます。
なお、ガイドラインが対象とする疾病はがん、脳卒中等の反復、継続して治療が必要な疾病であるため、短期で治癒する疾病は対象としていません。そのため、精神疾患も含みます。
※参考 厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のガイドライン」
両立支援にあたって事業主に求められる環境整備
治療と仕事の両立支援を行うために、まずは支援を行うための環境整備が重要です。
事業主に求められる環境整備としては、以下の四つがあげられます。
①事業主による基本方針の表明と従業員への周知
事業者として、治療と仕事の両立支援に取り組むにあたっての基本方針や具体的対応方法などの職場内のルールを作成し、すべての労働者に周知します。それによって両立支援の必要性を組織内で共有し、職場風土づくりにつなげます。
②研修などの両立支援に関する意識啓発活動の実施
治療と仕事の両立支援を実施するためには日ごろから当事者や同僚、管理職に対して両立支援に対しての理解を深めていく必要があります。そのために研修等を通して意識啓発を行っていきます。
③相談窓口の明確化と個人情報の取り扱いへの配慮
治療と仕事の両立支援は原則労働者からの申し出を原則としていることから、労働者自身が安心して相談ができるように、相談窓口を設置し、またプライバシーにも十分にした個人情報の取り扱いについても方針を明確にし、周知します。
④両立支援に関する制度や体制の整備
治療と仕事の両立支援にあたっては、対処従業員の就業時間に一定の制限が求められる場合、出勤時間をずらす必要がある場合など、事業場の実情に応じた配慮と制度設計が必要になります。
制度設計にあたっては、有給休暇や傷病休暇といった休暇制度の他、時差出勤、在宅勤務、短時間勤務制度等の柔軟な働き方を可能とする勤務制度の導入も効果的です。
また、実際に従業員から支援の申し出があった際にスムーズに対応ができるように、人事労務担当者、上司・同僚、産業医などの産業保健スタッフ、各スタッフ間での役割の明確化や対応手順を整理しておくことも大切です。
そして、制度設計や支援体制づくりにあたっては、社会保険労務士等の労務に精通した外部の専門家へアドバイスを求めることも有効です。
両立支援のステップ
ガイドラインでは支援プロセスを大きく4つに分けています。ここでも「ケアの倫理」の視点をもとに、従業員個別の実態に応じた具体的な手立ての策定と対象者の反応に応じた定期的なフォローアップが鍵となります。
※詳細は厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」参照
ステップ1)両立支援を必要とする従業員からの申出、情報提供
両立支援を必要とする従業員本人より、治療が必要な旨を事業者に報告し、支援に必要な情報を提出します。事業者側はその申し出に基づき、症状や治療状況、就業継続の可否に関する意見等の情報を入手します。従業員から入手した診断書等の情報はプライバシーにかかわるため、取り扱いには最新の注意を払うようにします。
ステップ2)治療の状況等に関する必要に応じた情報収集と配慮の検討
従業員本人は主治医から「就業上の配慮に関する意見書」を入手し、提出します。その際に主治医から提供された情報が両立支援の視点で十分でない場合、産業医等からさらに必要な情報を収集し、両立支援の方針を決めていきます。
ステップ3)両立支援プランの策定
事業者は従業員が治療しながら就業の継続ができると判断した場合、「残業禁止」「短時間勤務」等の従業員の個別の状況にあわせた就業措置のプラン(両立支援プラン)を作成します。
ステップ4)フォローアップ
事業者は両立支援プランに基づき、必要な就業上の措置や治療への配慮を実施します、治療の進行や体調の変化に合わせて必要な措置や配慮の内容も変わることも考えられるため、対象の従業員に状況を確認して、プランを柔軟に更新します。
ケアの倫理からみる治療と仕事の両立支援
このように、「治療と仕事の両立に関するガイドライン」について、実務面で事業主に求められている対応について解説していきましたが、治療と仕事の両立支援においては、従業員の個別事情が多岐にわたるため、「ケアの倫理」に代表される「目の前のケアされるべき相手」の具体的状況を配慮した個別的な対応が多く含まれていることがわかります。
しかし、ただ環境整備を行うだけでは「疾病をかかえた労働者が心理的に排除されることなく働くことができる」労働環境の実現にはつながりません。なぜなら個別事情をかかえた労働者がいきいきと働くためには、制度の整備・利用だけではなく、「ケアが必要な個別事情を抱えていても助け合うことが自然とできる職場風土である」必要があるためです。
そのため、対応する人事担当者にとって何より重要なのは、単に法制化された実務対応を行うだけでなく「ケアの倫理」の目線での「従業員へかかわる姿勢」です。
特に疾病の治療を行う労働者への対応は病気の種類や症状の程度、治療期間等の個別事情が様々であるからこそ、対象者独自の困りごとに気づく「個別配慮」とそれに応じた「適切な距離感を持った応答」が重要です。治療を行う従業員の対応では、プライバシーにかかわるセンシティブな情報を取り扱うことも多いため、対話を重ねて本人の反応を確認しつつ、押し付けにならない距離感をもって支援をしていく姿勢も大切です。
このような視点をもつことが労働者にとって、日ごろから相談しやすい心理的安全性の高い職場環境づくりにつながっていきます。
そして、過去のコラムで解説した通り、日頃よりケアしあう関係づくりができている組織は、個別な配慮を必要とする従業員に限らず、他の従業員にも好影響となり、それが結果として従業員の安心感やモチベーションの向上につながるため、企業の業績向上やイノベーションの発展にも寄与します。そのため、ケアの倫理の視点は従業員の幸福のみならず、事業の発展においてもとても重要であると考えています。
プラットワークスは、「やりがい」や「自己成長」といった働くことの精神的価値が人生の豊かさに大きく影響すると考えており、その働くことによる楽しさを、疾病等の個別事情を理由としてあきらめることなくすべての人が感じられるような組織づくりを仕事としております。このような考えのもと、事業主の事業特性や組織風土に合った運用しやすい制度構築の支援を行っておりますので、ぜひご活用ください。
また、弊法人では、「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlattalksを運営しております。従業員にとって、外部の相談窓口として活用いただくことができます。
Plattalksではカウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。




