もくじ
下請法を抜本的に改正した「取適法」
2026(令和8)年1月1日、長年にわたり企業間取引を規律してきた「下請代金支払遅延等防止法(いわゆる下請法)」は、「中小受託取引適正化法(以下、取適法)」へと名称を改めました。
しかし、今回の改正は、単なる名称変更ではありません。
対象範囲の見直し、禁止行為の強化、支払方法の規制、協議義務の明確化、物流分野への拡張など、制度の枠組みそのものを再設計する内容となっています。
特に、「フリーランス・個人事業主との取引の増加」「原材料費・労務費の上昇に伴う価格転嫁問題」「資本金基準による規制の限界」といった近年の社会経済情勢を背景に、従来の制度では十分にカバーできない“空白”が顕在化していました。
「当社は資本金が小さいから対象外」
「大企業だけが関係する法律」
と理解していた企業にとっても、今回の改正は無関係ではありません。
本コラムでは、まず下請法の成り立ちを振り返り、そのうえで「なぜ今改正されたのか」「何がどう変わったのか」「企業は何をすべきか」について解説していきます。
そもそも下請法とは何だったのか
下請法は、1956(昭和31)年6月1日、独占禁止法の補完法として制定されました。
1947(昭和22)年に施行された独占禁止法には、「優越的地位の濫用」という規定があります。これは、取引上の立場の強さを利用して不当な条件を押し付ける行為を禁止するものです。
しかしこの優越的地位の濫用の規定は、優越的地位の存在や不当性の立証が必要であり、実務上迅速な対応が難しいという課題がありました。そこで、優越的地位の立証を待たずに是正できるよう、よりシンプルな形式基準(主に資本金基準)が設けられました。「支払遅延の禁止」「不当減額の禁止」「買いたたきの禁止」「書面交付義務」「60日以内の支払期日義務」などを明確に定め、迅速に行政指導ができる仕組みとして制定されたのが下請法です。
高度経済成長期における大企業と中小企業の力関係是正を目的とした、実務的かつ強力な規制法でした。しかし、この“形式基準”こそが、時代の変化に適合しなくなり、後年の課題にもなっていくのです。
なぜ今、改正が必要だったのか
(1)フリーランスの急増と法の空白
今回の改正の核心を理解するためには、2021(令和3)年にさかのぼる必要があります。
同年3月、政府は「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を公表しました。
近年、個人事業主やフリーランスとして働く人が増加しています。しかし、企業との取引において、報酬や業務内容が明確に示されない、支払が遅れるなどのトラブルが多発していました。
内閣官房の調査によると、個人事業主の約40%が資本金1,000万円以下の企業と取引を行い、そのうち約20%は売上の90%以上をそのような企業に依存していました。また、同調査によると、約40%の個人事業主が取引先とのトラブルを経験しており、その内容としては、「発注時点で報酬や業務内容が明示されなかった(37%)」「支払遅延があった(28.8%)」などが挙げられているといった実態が明らかになりました。
ここで問題となったのが「資本金基準」です。
下請法は、資本金1,000万円以下の企業からの発注については原則として適用されませんでした。つまり、実際に多くの取引が行われているにもかかわらず、法的保護の外側に置かれていました。もし下請法が適用されていれば違法と判断される行為が、形式基準のために規制の網から漏れていたのです。このように、資本金基準を前提とした従来の下請法では、実際の取引実態を十分に保護できない場面が生じていました。
(2)価格転嫁問題の深刻化
また、原材料費、エネルギー価格、労務費の上昇により、中小企業の収益構造は圧迫されました。価格改定の協議を求めても応じない、一方的に価格を据え置くといった取引慣行は、従来の下請法では必ずしも明確に違法と評価できない場面もありました。
この問題を是正するため、「協議義務の明確化」が改正の柱となったのです。
(3)物流分野の取引問題
さらに、物流業界では、長時間労働や低運賃問題が社会問題化していました。運送委託が従来の下請法の適用対象に必ずしも明確に含まれていなかったことから、今回「特定運送委託」が新たに対象取引に加えられました。
このように、フリーランス取引の拡大、価格転嫁問題の深刻化、物流分野における構造的課題など、複数の政策課題が同時に顕在化しました。従来の下請法は一定の役割を果たしてきましたが、その枠組みでは現実の取引環境に十分対応できなくなっていたのです。これらの問題意識が積み重なり、下請法は名称変更を含む抜本的な見直しへと至りました。
2026年改正で何がどう変わったのか ─ 取適法の全体像と実務的意味
それでは、2026年改正の具体的な内容を見ていきましょう。
(1)「下請」という言葉の見直しと用語変更
今回の改正では、法律名称だけでなく、用語そのものが見直されました。
従来の「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に変わります。同じく「下請代金」は「製造委託等代金」とされ、上下関係を前提とした表現から、対等な協議関係を前提とした表現へと転換が図られました。これらは単なる言い換えではなく、対等な協議関係への転換を示す政策メッセージといえます。
(2)適用対象の拡大 ─ 事業者基準と対象取引
従前の下請法は、資本金のみを基準として適用対象を判断していましたが、新たに従業員数基準が導入されました。具体的には、製造委託の場合は300人、役務提供委託の場合は100人という従業員数基準が追加され、「資本金基準」もしくは「従業員数基準」どちらかの基準を満たせば取適法の対象となります(下図赤枠)。これにより、実態として規模の大きい企業が資本金の形式のみで規制を回避することは、事実上困難になりました。「資本金を減らせば対象外」という形式的整理は、もはや通用しないということです。

対象取引の範囲についても拡大が行われ、従来からの「製造委託」「修理委託」「情報成果物作成委託」「役務提供委託」に加えて、新たに「特定運送委託」が明確に対象取引に含まれることになりました(上図赤枠)。従来は、元請運送事業者から下請運送事業者への再委託は対象でしたが、発荷主から元請運送事業者への運送委託は明確に対象とはされていませんでした。たとえば、メーカーや小売業者などの荷主が、自社製品の配送を運送会社に委託する取引は、必ずしも下請法の適用対象とはなっていなかったのです。
今回の改正により、この発荷主による運送委託も対象取引に加えられ、荷待ちや無償荷役といった問題への法的対応が強化されています。これらの課題は単なる取引慣行の問題にとどまらず、長時間労働やドライバー不足といった「労働問題」とも直結しています。


(3)支払方法の規制強化 ─ 手形払等の禁止と実質的な受領
従来は一定の条件下で支払手段として手形の使用も許容されていましたが、改正後は手形払が禁止されることになりました。また、電子記録債権やファクタリングなど、形式上は別の支払手段であっても、実質的に受託事業者が早期に現金化できない仕組みは認められません。たとえば、期日前に現金化するために高額な手数料を負担しなければならないような支払方法は、実質的に代金の減額と同じ効果を持つため問題となります。
これにより、中小受託事業者の資金繰り負担が軽減され、いわゆる「支払サイト」(支払までの期間)が実質的に短縮される効果が期待されます。

(4)価格協議プロセスの明確化 ─ 協議拒否の禁止
価格転嫁問題への対応として、今回の改正で特に注目されるのは、価格協議に応じない一方的な代金決定の禁止です。中小受託事業者から価格改定等の協議を求められたにもかかわらず、委託事業者が合理的な理由なく協議に応じなかったり、必要な説明や情報提供を行わずに一方的に代金額を決定したりする行為は違法とされます。この点は、従来の「買いたたき禁止」規定を超えて、協議過程そのものの誠実性を問うものとして制度化された点で重要です。

(5)執行体制の強化 ─ 面的執行と主務大臣の関与
従来、違反行為に対する指導・助言は、公正取引委員会や中小企業庁が行ってきましたが、改正後は事業所管省庁の主務大臣にも指導・助言の権限が付与され、複数省庁が連携する「面的執行」が強化されます。また、委託事業者による違反申告等に対して報復的な不利益取扱いがあった場合の申告先として、主務大臣が加わるなど、実効的な監督体制が整えられることとなりました。

(6)実務負担の軽減と柔軟化
委託内容の明示方法についても見直しが行われました。従来は、電子メールなどの電磁的方法によって明示を行う場合には、中小受託事業者の承諾を得ることが必要とされていました。改正後は、この承諾が不要となり、書面か電子メール等の電磁的方法かを委託事業者が選択できる仕組みに改められています。これにより、デジタル化が進む実務環境に即した運用が可能となり、発注書や契約内容の通知手続がより柔軟に行えるようになります。
(7)遅延利息や支払期日の明確化
改正法は、適用対象の取引について、受領日から60日以内の支払期日を設けることを義務付けています。従来も60日以内の支払義務はありましたが、今回の改正では、支払手段の規制強化とあわせて、支払遅延や不当減額に対する制裁的側面が明確化されました。とりわけ、正当な理由なく代金を減額した場合には、減額分について遅延利息の支払い対象となることが明示され、違反行為に対する実効性が高められています。
取適法は、従来の下請法をベースにしながら、対象となる事業者・取引範囲を拡大し、支払方法や価格協議、執行体制を強化することで、実態に即した取引の公正化と、適切な価格転嫁を制度として後押しする枠組みへ見直されたといえるでしょう。
次に、取適法における「委託事業者の義務」や「禁止行為」の枠組みを押さえていきましょう。
取適法では、従来の下請法で定められてきた「4つの義務」「11の禁止行為」が引き続き基本となります。
これらについては、別のコラムで整理していますので、基礎知識としてご参照ください。
【2026年1月改正】 取適法の実務対応 ― 4つの義務と11の禁止行為を整理する ―
企業が今すぐ確認すべきチェックポイント
取適法の施行にあたり、以下の点を改めて確認しておきましょう。
□ 自社は「資本金基準」だけでなく「従業員数基準」でも適用対象に該当していないか
□ フリーランスや中小事業者との契約内容(報酬・業務内容・支払期日)は明確に書面または電子的方法で明示しているか
□ 発注書・契約書・協議記録を適切に保存しているか
□ 手形払いや、実質的に早期現金化が困難な支払方法を採用していないか
□ 受領日から60日以内に確実に支払う体制になっているか
□ 価格改定の申入れに対する社内協議プロセスが整備されているか
□ 価格協議の経緯を説明できる状態になっているか
□ 運送委託がある場合、「特定運送委託」に該当していないか確認しているか
□ 業務委託契約が実質的に労働者性を帯びていないか検証しているか
今回の改正は、単なる規制強化ではありません。
これは、「価格を話し合える社会にする」という方向への政策転換であり、「力関係ではなく、協議によって決める取引」への移行を促すものです。法令遵守は当然の前提です。しかし、より重要なのは、企業として誠実に協議に向き合う姿勢を持てるかどうかといえるでしょう。
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(画像引用元:公正取引委員会「取適法・振興法特設サイト」より)




