自己決定理論(SDT)が保証する:エンゲージメントとハイパフォーマンスを両立させる自律的組織の構築

終身雇用制度の崩壊や職業観の変化により、人々の働き方が大きく変化しています。従来のように「義務だから働く」「残るべきだから残る」というコミットメント(外側からの規範や約束)だけでは、従業員のパフォーマンスや定着を支えきれなくなっているのが現状です。

企業が本当に求めているのは、義務感に基づく旧来のコミットメントではなく、従業員が自らの内発的な価値観に基づき、主体的に責任を担い仕事の成果に関与する「エンゲージメント」 です。

過去のコラム(ケアの倫理①ケアの倫理②)で解説した「ケアの倫理」は、自発的な責任に基づく行動を重視する考え方でした。この自発性を心理学的に深く掘り下げ、実証的に裏づける理論が、自己決定理論(Self-Determination Theory:SDT)です。

本コラムでは、SDTの核となる概念を整理し、「自律的な働き方」は、単なる組織の理想論ではなく、人間の普遍的な心理的欲求(SDT)に基づいた、持続的なパフォーマンスとエンゲージメントを保証する科学的な組織原理 であることを明らかにします。

 

自己決定理論とは

自己決定理論とは、
「人間がどのような条件で自発的に行動し、どのような要因によって内発的に動機づけられるのか」を体系的に説明する動機づけ理論です(Deci&Ryan,1985など)。

自己決定理論の中心には、次の2つの前提があります。
1.人間には本来、成長と発展を求める自然な傾向があること
2.その傾向が発揮されるかは、環境が心理的欲求を満たしているかどうかに左右されること

その上で自己決定理論は、動機づけを外発的(外側の要因によって行動する)から内発的(本人の意思に基づいて行動する)へと段階的に変化するものと捉えている点に特徴があります。

この動機づけの質に注目することで、コミットメントは外発的動機づけ(義務・約束・評価)に近く、エンゲージメント(特にワークエンゲージメント)は内発的動機づけ(興味・価値・自発性)に近い構造を客観的に整理できます。自己決定理論を用いることで、過去のコラム(「エンゲージメント」と「コミットメント」の対立構造)で示した「エンゲージメント」と「コミットメント」の違いも明確になり、エンゲージメント向上のために何を見直せばよいのかが判断しやすくなります。

 

自己決定理論の核:3つの基本的心理的欲求(BPNs)

自己決定理論(SDT)の核を示す図。自律性(青)、有能感(緑)、関係性(オレンジ)の3つの基本的心理的欲求を示す円が中央で重なり合い、その充足が内発的動機づけとエンゲージメントに繋がる構造を示している。

出典:Deci & Ryan (1985) および Self-Determination Theory 公式サイトに基づきプラットワークス作成

 

自己決定理論では、人間が自律的かつ健全に働くためには、以下の3つの基本的心理的欲求(Basic Psychological Needs: BPNs)が満たされなければならないとされています。

①自律性(Autonomy)

自分の行動を自分で選び、意思決定に主体的に関与している感覚です。

  • 役割・裁量・責任の範囲が明確で、本人が納得して仕事を選べている状態を指します。「やらされている」ではなく、「自分が選んでいる」感覚が、パフォーマンスの責任を自発的に負う上で最も重要です。

➁有能感(Competence)

自分の能力を発揮し、成長を実感できている状態です。

  • 期待される基準が明確で、成果や改善が客観的に確認できる環境で満たされます。これは仕事への没頭(フロー)や貢献意欲の高さとも密接に関連し、従業員が「自分の能力が仕事の中で活きている」と感じることで、組織への価値提供が最大化されます。

③関係性(Relatedness)

職場でつながりを感じ、安心して働けているという感覚です。

  • 「ケアの倫理」が重視する関係性の維持・強化と強く整合します。過去のコラム(心理的安全性を高める具体的施策)で解説したように、自律的な行動や自由な挑戦には、「失敗しても罰せられない」という心理的安全性が不可欠です。心理的安全性が低い組織では、社員は評価や罰を恐れ、自律性や有能感を満たすためのリスクある行動をとらなくなり、結果的にエンゲージメントが阻害されます。

自己決定理論では、これら3つの欲求が満たされることで初めて、外発的動機づけではなく、内発的動機づけに基づくエンゲージメントが自然に生じると考えられています。

 

自己決定理論を基盤とした制度設計アプローチ

自己決定理論は単なる心理学理論ではなく、制度設計や組織運営の原理として実務に応用できる点が特徴です。プラットワークスのコンサルティングが一貫して大切にしている「自律的な働き方の実装」は、この3つの欲求を満たすための仕組みづくりと重なっています。

①自律性の設計

等級制度や職務設計を通じて、従業員が自分の選択と責任の範囲を明確に理解できるよう構造化します。過度な管理や命令に頼らず、本人の意思を尊重する仕組みは、「誰に何を任せるか」を明確にするとともに、当該職務の遂行に最適な労働時間制度の設計を行い、自発的な行動を促します。

②有能感の設計

評価制度は、上司の承認や主観に依存するものではなく、公正な基準に則ったフィードバックを提供する制度にします。また、計画的な成長機会の設計を通じて、従業員が自分の能力を最大限に発揮し、成長を実感しやすい環境を整えます。

③関係性の設計

組織風土改革や、オンラインカウンセリングサービスPlaTTalksの活用によって、従業員間相互の信頼や協働を促進し、相談できる環境を整えることができます。PlaTTalksは、単なるメンタルヘルス対策に留まらず、「自律的な挑戦を可能にするための安全な関係性を構築するインフラ」としての役割も果たします。

したがって、 自己決定理論が示す「自律性・有能感・関係性」の3つの心理的欲求を満たす組織構造を一貫して整備することこそが、 従業員のエンゲージメントを必然的に高めるための科学的かつ実務的な基盤となります

 

自己決定理論が証明するエンゲージメントと成果を最大化する自律的組織の原理

自己決定理論によって、「自律的な働き方」は、単なる理想論ではなく、人間の心理構造に基づいた必然的な組織原理であることが明確になります。

このような「自律的な働き方」こそ、憲法が定める「勤労の権利」の本質が要請する経済的価値を超えた普遍的価値の充足であり、ユング心理学が説く「個性化」のプロセスからも、「自我」の社会的成功を超えて「自己」の内面的な成長を目指すことが、真の働きがいにつながるものと考えられます。

義務や評価に依存したコミットメント中心の組織では、必ずしも3つの基本的心理的欲求は満たされず、疲労や模倣的な競争が起こりやすくなります。

一方で、「自律性・有能感・関係性」が満たされた組織では、自発的・持続的なエンゲージメント、健全な成長、そして、貢献の連鎖が自動的に組織の成果として発現するようになります

 

この原理を制度や風土として組織に根づかせるためには、自己決定理論と組織設計の両面に精通した専門家の支援が不可欠です。

プラットワークスでは、3つの欲求を満たす人事制度設計と相談体制整備を一貫して支援し、自律的な組織の実現を後押ししています。人事制度設計に関するご相談から例外的な労務問題にいたるまで、判断に迷った時はぜひ弊法人にご相談ください。

また弊法人では、「メンタルヘルス対策」の一環として、「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンライン心理カウンセリングサービスPlaTTalksを運営しております。職場における心身の健康に不安を感じている従業員にとって、相談することで心の負担を軽くするプラットフォームとして活用いただくことができます。
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