コラム

社労士が解説する「解雇規制の緩和」と経営上の影響

自民党総裁選において「解雇規制の緩和」が争点の一つとなっています。日本は、アメリカやイギリスと比べて解雇が難しいと言われています。解雇規制の緩和の目的は、雇用の流動性を確保するためと言われています。一方で、雇用規制を緩和することで、不都合が生じる部分もあります。

今回は、解雇規制の緩和をテーマに、なぜ日本では厳格な解雇規制が設けられてきたのか、その意味と、メリット・デメリット、論点などを整理して解説します。

雇用

解雇権濫用法理とは

会社が労働者を解雇する際には、まず、「解雇権濫用法理」による規制に服します。
民法上、契約自由の原則に基づき、労働者と使用者は対等な立場で契約をすることが基本となっています。しかし、労働者は使用者との間で私的自治の原則に任せると、相対的に弱い立場に置かれることから、民法の原則に対する修正として労働者保護法制が整備され、労働者に一定の保護がかけられています。
解雇権濫用法理は判例によって確立され、その後、労働者保護の法律である労働基準法に規定されました。しかし、平成19年に労働契約法が作られ、そちらに移されることとなりました。
労働契約法16条において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。

労働者を解雇する場合には、この基準に照らして、その解雇の有効・無効を判断することとなります。

 

整理解雇の4要件とは

企業が業績不振に陥っているなどの場合には、労働者本人に帰責事由がなくともやむを得ず整理解雇を実施することがあります。
整理解雇を実施する場合には、「人員削減の必要性」「解雇回避努力」「人員選定の合理性」「解雇手続の相当性」の4つの要件を満たす必要があります。

人員削減の必要性

人員削減の必要性は、その整理解雇が経営不振など、やむを得ない事由によるものである場合に、その解雇は有効であると判断されることになります。

解雇回避努力

解雇回避努力は、整理解雇は最終手段として、それ以前に経費削減、新規採用の停止、配置転換、賞与の削減、社員の給与の減額、希望退職者の募集といった、整理解雇を避けるための手段を尽くすことを求めるものです。こうした手段を尽くしてはじめて、整理解雇が有効と判断されます。

人員選定の合理性

整理解雇の対象となる者については、その基準を設定し、客観的・合理的に選定しなければなりません。整理解雇の対象者の基準を設定していない、その基準が不適当である、客観的かつ合理的に対象者が選ばれていないといった場合は、その整理解雇は無効とされます。

解雇手続の相当性

整理解雇を実施するにあたっては、労働者に不意打ちとなることを防止するために、労働組合や労働者に対して、整理解雇の必要性やその時期、方法等について説明をし、協議をする必要があります。これらの手続を踏まずになされた整理解雇は無効とされます。

 

小泉氏の「解雇規制の見直し」と河野氏の「解雇の金銭的解決」の違い

小泉進次郎氏は、今回議論の対象となっている「雇用規制の緩和」について、整理解雇の4要件(特に「解雇回避努力」)を大企業に限定して緩和すると述べています。また、雇用規制の緩和と同時に、大企業にはリスキリングや再就職支援を義務付ける制度とすることを示唆しています。

一方で、河野太郎氏は、「解雇の金銭的解決」にも言及しています。解雇の金銭的解決とは、企業側が労働者を解雇したものの、裁判でその解雇が無効とされた場合に、当該労働者が復職する代わりに、本人の同意に基づいて一定の補償金を支払うことで労働契約を解除できる仕組みです。

 

解雇規制緩和のメリット・デメリット

次に解雇規制の緩和によるメリット・デメリットについて事業主側からの視点を紹介します。

メリット 

事業主側のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。

① 従業員を採用するハードルが下がる

これまで、事業主が労働者を雇用する場合は、人件費が固定費化するため、採用するために候補者の見極めを慎重に行っていました。
しかし、解雇規制が緩和されることで、人件費が一定程度変動費として扱えるようになるため、繁閑や業績に応じて柔軟に従業員を採用することができるようになります。

② 成果を出さない従業員を解雇しやすくなる

これまでは、成果を出さない従業員や会社への貢献度が低い従業員でも、一旦採用すれば解雇は難しい状況でした。
しかし、解雇規制の緩和が実現すれば、こうした従業員については、所定の手続のもと、解雇することが可能になります。

 

デメリット

① 生産性の低下

解雇規制の緩和により、労働者が雇用への不安感を抱くようになり、業務に集中できなくなる、ミスを恐れて思い切った挑戦ができなくなるといった問題が生じます。
また、ある労働者特有のノウハウや知識の共有が不足するなど生産性が低下する可能性があります。
それに伴い、社内での協力関係が希薄化し、ギスギスした雰囲気の職場となるなど社内の関係が複雑化するおそれがあります。

② 教育コスト

 企業は、労働者を採用した場合には、自社に必要なスキルや知識を習得させるために教育を実施します。
しかしながら、雇用の流動化が進めば、企業が解雇しやすくなるほか、労働者側も退職しやすくなるため、多くの労働者を採用する必要が生じ、教育コストが高くなります。

 

まとめ

解雇規制の緩和には、メリット・デメリットいずれもあることがわかりました。以前のコラムで「勤労の権利」の本質について検討しました。ここでは、人々が働くことは、働いて金銭を得るという経済的価値のほかに、やりがいや自己実現、キャリアの形成といった精神的価値・普遍的価値があると説明しました。この点において、「解雇の金銭的解決」は、勤労の権利における経済的価値に対する補償とはなっても、精神的価値や普遍的価値の面でも検討が必要と考えられます。

一方で、事業主側にも資本主義のもと、自由に経済活動を行う権利が憲法上保障されています。そのため、解雇規制を緩和して雇用の流動化を図ることは、事業主側の権利を保障することにつながります。

したがって、解雇規制を強めるか、緩和するかといった議論は、労働者側・事業主側双方の権利についてどちらをより保障するか、といった観点で検討することになります。
これまでは、労働者が弱い立場に置かれることが多いことから、労働者側の権利をより保障する方向で制度が作られてきました。
しかし、時代が進むにつれ労働環境が変化する中で解雇規制の緩和について検討を進めるにあたっては、国民生活、少子高齢化などの人口動態の変化、雇用の在り方の変化をなど踏まえ、労使双方にとって最適な制度の設計が求められています。

 

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