以前のコラムで、「勤労の権利」を支える「表現の自由」について、自己実現の価値を持つ勤労という観点からお話ししました。
本コラムでは、そうした「自己実現」の価値について、Platworksの公認心理師・臨床心理士が心理学的な観点から検討してみたいと思います。
「働く」動機は何か
社会生活を営む以上、「働くこと」は「生きること」と同義と言えるくらい、生活の中の本質的な部分を占めているといえます。モチベーション(やる気)を持って働き、そこに意義を感じていることが、深く生きがいにもつながっていくという意味で、仕事への動機づけは質量ともに大変重要な要素です。
仕事は、単なる生計を立てる手段にとどまらず、人間が自己を成長させ、人生に充実感をもたらす側面を含みます。人が仕事を通じてどのように成長し、「自己実現」を目指すかを理解するうえで、アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(Maslow, Abraham Harold. 1908-1970)が提唱した「欲求階層説」は、非常に有用な枠組みであるといえます。特に、現代における労働の意義や働きがい・生きがいについて考える際、このマズローの理論が重要なヒントを提供してくれます。
マズローの欲求階層説では、基本的な欲求から段階的に人間の動機付けが説明されています。
最も基本的な「生理的欲求」や「安全欲求」は、食べ物や住居、身体の安全といった生存に関わるものであり、これらが満たされると「所属と愛の欲求」や「承認欲求」へと進んでいきます。最終的に、これらの欲求が満たされると、人は「自己実現欲求」へと向かい、自分自身の可能性を最大限に発揮し、個人的な目標を追求することに意欲を燃やすと言われています。
労働と自己実現
労働における「自己実現欲求」は、単なる経済的な報酬を超え、自分自身の成長やスキルの向上を求めるような意識と深く関わっています。
例えば、創造的な仕事や挑戦的なプロジェクトに取り組むことで、自分の能力を試し、新たな可能性を開拓できる場を求めるのは、この自己実現欲求によるものです。
また、自己実現を通じて得られる満足感や達成感は、単調な業務や画一的な作業では感じにくく、仕事に対するモチベーションを維持するためには、自己成長を促す機会や環境が重要となります。
多くの人にとって、仕事は自己実現の場としても機能しています。自分の興味や関心を反映した仕事に従事し、そこで培ったスキルや知識を通じて他者に貢献することは、大きな充実感をもたらします。
逆に、こうした成長の機会が与えられない環境や、単に機械的に仕事をこなすだけの職場では、自己実現を感じにくく、仕事そのものがストレスや不満の原因になることもあるでしょう。
自己実現を超えて──マズローの晩年の自己超越欲求
マズローの欲求階層説の中で特に注目すべき点は、晩年に彼が「自己超越欲求」を提唱したことです。
自己実現を超えたこの段階では、個人は自己の成長や成功にとどまらず、他者や社会全体の幸福への貢献を目指します。マズローによれば、自己超越は、人間が自己の限界を超え、より大きな目的や価値に対して働きかけることで、より深い満足感や意義を感じる状態です。
この欲求は、現代の労働環境においても重要な視点を提供しています。特に社会的貢献や企業の社会的責任(CSR)を重視する働き方が注目されている今、自己超越は単なる個人の成功を超えた意義を持ちます。
たとえば、環境問題や社会問題に取り組む仕事や、他者の生活向上に寄与する活動に従事することで、働く人は自己超越の感覚を得られるのです。
社会貢献や他者への奉仕を目的とした働き方は、単なる自己実現以上の充実感を与えることがあります。自己の成功だけでなく、より広い視野での影響力を感じることで、働く意義が深まるのです。
働きがいと企業の役割
自己実現や自己超越といった高次の欲求は、従業員にとって大きなモチベーション源と
なります。現代の企業が持続可能な成長を遂げるためには、従業員が自己実現を感じら
れる環境を整えることが重要です。
たとえば、社員に成長の機会を提供し、挑戦的なプロジェクトに参加させることで、
彼らが自分の能力を発揮し、成長できる場を提供することができます。
また、社会的意義を持つ事業に従事することで、社員が「自己超越」の感覚を最大限持
って働ける環境を作り出すことも、長期的な組織の発展に寄与するでしょう。
働くことが単なる生計の手段にとどまらず、人間の成長や社会貢献を実現するための
ものとして位置づけられる時、労働は人間の充実した生活に欠かせない要素となります。
労働は人間が自己を深め、他者と共に社会全体の幸福に貢献するための重要な活動であ
ると言えます。
企業や社会がこうした価値を理解し、働く人に充実感を提供することで、働きがい・生きがいのある社会が実現するのではないでしょうか。
Platworksでは、企業で働く従業員様が、自分自身の興味やモチベーションを知り、自己実現の視野をもって仕事に向かえるよう、公認心理師・臨床心理士にオンラインカウンセリングを受けていただける福利厚生サービス”Plattalks”、また、働きがいある組織づくり、環境問題・社会問題への貢献を考えた経営理念の策定には、社会保険労務士と心理師による“ビジョン構築コンサルティング”を提供しております。
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