採用活動において、採用内定は、企業と求職者にとって重要な意味を持つプロセスです。しかし、その法的性質については十分に理解されていないことも少なくありません。
今回のコラムでは、採用内定の法的性質と実務上の留意点について解説します。採用活動をより確実に、法的リスクを抑えながら進めるための一助となれば幸いです。
採用内定の法的性質
現在の通説・判例の立場は、採用内定の法的性質は、始期付解約権留保付労働契約とされています。始期付解約権留保付労働契約とは、入社日を始期とし、かつ解約権を留保、つまり採用内定取消事由が生じたときには解約できる旨の合意が含まれている契約です。
ただし、採用内定の実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難であり、具体的事案ごとに採用内定の法的性質を判断する必要があります。
解約権行使の制限
企業側に留保された解約権は、無制限に行使できる訳ではありません。
採用内定を取り消すことができるのは、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とされています(大日本印刷事件:昭54.7.20最二小判)。これらの条件を満たさない内定取消しは、違法な解雇として扱われる可能性が高くなります。
一般的には、以下のような事由が内定取消しの正当な理由として認められる可能性があります。
〈採用内定の取消事由〉 ・採用条件を満たさない場合(成績不良による卒業延期等) |
内々定、採用内定、採用の違い
内々定・採用内定・採用には、法律上それぞれどのような違いがあるかも整理しておきましょう。
・内々定
内々定とは、一般的に企業が応募者に対して採用の内定を出す意思があることを非公式に伝えるもので、法的な定義はありません。メール等で「〇月〇日に内定を出す」旨通知するのが通例です。
法的拘束力はなく、まだ労働契約は成立していません。ただし、信義則上の配慮義務は生じる可能性があります。
・採用内定
採用内定とは、応募者が企業から採用通知書等を受け取り、応募者が企業に入社承諾書等を提出することによって相互に意思確認をし、労働契約が成立した状態をいいます。
前述のとおり、採用内定の法的性質は、始期付解約権留保付労働契約とされています。
労働契約が成立しているため、内定取消しは、法的に保護されます。
・採用
採用とは、労働契約が正式に開始された状態をいいます。
この段階では、労働基準法をはじめとする労働関係法規が全面的に適用されます。
項目 | 内々定 | 採用内定 | 採用 |
意味 | 企業が求職者に採用内定を出す意思を非公式に伝えるもの | 求職者と企業が相互に意思確認し、労働契約が成立した状態 | 労働契約が正式に開始された状態 |
法的性質 | ― | 始期付解約権留保付労働契約 | 正式な労働契約 |
労働契約の成立 | 未成立 | 成立 | 成立・開始 |
法的保護 | 信義則上の配慮義務が生じる可能性あり | 内定取消は法的に保護される | 労働関係法規が全面的に適用 |
内定通知書の法的性質や交付の要否、労働条件通知書との違い
企業が採用内定の意思を示す書面として「内定通知書」があります。また、似て非なる通知書面として「労働条件通知書」があります。これらの書面の法的性質、交付の要否等について見ていきましょう。
・内定通知書の法的性質
内定通知書の発信が、企業による契約の承諾であり、採用内定が成立し、労働契約が締結されたとみなされます。この場合、法的効力が発生します。
・内定通知書の交付の要否
内定通知書は、法的な交付義務がある訳ではありません。しかし、以下のような理由から、多くの企業が内定通知書を交付しています。
▸優秀な人材の確保
▸内定者とのトラブル防止
▸採用プロセスの透明性確保
・労働条件通知書との違い
労働条件通知書は、労働基準法に基づき、企業が従業員に対して労働条件を明示する書類です。内定通知書と異なり、労働条件通知書は、法的に交付義務があります。
内定通知後の内定取消しの可否
・会社都合による場合
採用内定の一般的な取消事由は、前述のとおりですが、新型コロナウイルス感染症の拡大時等には、企業の経営不振を理由とした内定取消しが多数発生しました。
この点、会社都合による内定取消しは、原則として認められません。しかし、整理解雇に準じた4要件(要素)を満たす場合には、例外的に認められる場合があります。
<整理解雇の4要件(要素)> ①人員整理の必要性があること |
採用内定は、企業と内定者の相互理解・信頼構築のプロセス
採用活動にあっては、採用内定の法的性質を正しく理解し、適切に対応することは重要事項となります。「始期付解約権留保付労働契約」という法的性質を踏まえ、実務上の対応も慎重に行う必要があります。
採用内定を単なる手続きとしてではなく、企業と内定者が相互に理解を深め、信頼関係を構築していく重要なプロセスとして捉えることで、より強固な企業基盤を作り上げることができるでしょう。
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