職場の過剰適応とは?~AIの過学習から考える「がんばりすぎない」働き方~

「本当は休みたいのに大丈夫と言って無理に働き続ける」、「上司に認められたくて睡眠を削って残業をした」
日常生活の中で頑張りすぎてしまう経験を一度はしたことがあるのではないでしょうか。
このように、自分より会社や上司の都合を優先するといった自分の感情や意思を押し殺してしまうことを過度にしてしまう状態を「過剰適応」といいます。
「過剰適応」状態となっている従業員は、周囲からすると「優秀でいい社員」に見えることが多く、本人の苦しみに気づくことがなかなかできません。このような「過剰適応」を放置すると適応障害やうつ病などを引き起こし、離職につながるリスクもあるため、会社としても見過ごすことができません。

一方、現在の労働市場ではAIの普及が一般化し、AIが労働者にとっても重要なパートナーとなりつつありますが、実はAIも過剰適応に似た状態を引き起こすことがあります。それを「過学習」とよび、この過学習が発生するメカニズムや過学習を防ぐ対策は過剰適応にも通ずる点があります。
今回のコラムでは過剰適応の概要とその影響を解説しつつ、AIの過学習とその対策の視点から、過剰適応によるリスクを未然に防ぐ対策として、企業としてできることをお伝えしていきます。

過剰適応とは

過剰適応」とは、「内的な欲求や感情を抑圧し、職場や学校や社会などの期待や要求に対して過度に合わせてしまう状態」を指します。
過剰適応になる人は単に「仕事ができる」「空気が読める」といった状態だけでなく、本人の主観的な苦痛を伴いながらも、客観的には問題のない人に見えている点も特徴とされています。
また、一般的に「適応」は「内的適応」と「外的適応」があり、両方がともに良く、バランスの良い状態といわれています。

内的適応」…幸福感や満足感などを経験し、心の状態が安定していること
外的適応」…個人が生きている社会的・文化的環境に適応していること

それに対して過剰適応な状態は外部の期待や要求にこたえるために(「外的適応」を保つために)、内的な欲求を無理に抑えてしまう(「内的適応」が困難になっている)状態と考えられています。
このようにして、内的な欲求を抑え込み、過剰な外的適応行動を行うことで、内的な欲求が満たされず「自分らしさがない」「自分に自信がもてない」と自己不全感が生じ過剰適応につながってしまいます。

  適応状態(内的適応と外的適応のバランスがとれている)

外的適応、内的適応

 

  過剰適応(外的適応を優先し、内的適応ができていない)

外的適応、内的適応

過剰適応になる要因と影響

過剰適応状態には様々な要因があるといわれていますが、過剰適応状態の多くは幼少期の環境への適応の対処法として始まったことに起因するといわれます。代表的なものとして養育環境と自尊感情があげられます。

・養育環境また、親からの期待が高く親に厳格な育て方をされた場合も、期待に応え怒られることを避けるため、親の言うことをきくようになり、過剰適応傾向になるとも言われます。また、親が感情的に不安定であったり、家庭内に問題があったりする場合にも子どもは常に親の機嫌を損ねないよう気を配るようになるため、大人になっても過剰適応になりやすいとされています。

・自尊感情自尊感情が低く、自分に自信が持てない人は他者の意見に左右されやすく、過剰適応状態になりやすいです。そのほか、発達障害や社会的経験による原因や日本社会に多くある協調性や集団の調和を重視する文化的背景もあげられており、複数の要因が絡み合って形成されるといわれています。周囲を優先とした過剰適応状態が続くと、慢性的ストレスによる心身の不調から、重症化すると適応障害、睡眠障害、うつ病などの精神疾患を発症してしまう可能性があります。過剰適応状態になる人は周囲からの期待を受けやすい優秀な人であることが多いため、メンタル不調等によりパフォーマンスの低下や離職につながってしまうと企業としても大きな損失になりえます。

人間の過剰適応とAIの過剰適応(過学習)

過学習」とはAIが学習データに慣れすぎてしまい、未知のデータに対して正しく予測できなくなる状態のことをさします。
AIは学習を繰り返すと、データの中にある本質的なパターンを見つけようとします。しかし、過学習に陥ると、データに含まれる一時的な誤差やたまたま発生した例外的な偏り(ノイズ)まで重要なルールとして学習してしまい、データ全体の傾向ではなく、データの一つ一つの要素に対応しすぎてしまいます。
これによって、学習時の精度は高いものの、未知のデータに対しては正確な予測ができずに実用性が損なわれてしまいます。

過学習の原因

過学習の原因としては以下があげられます。

①学習データの不足:学習データが少ないと、モデルが訓練データに過度に依存してしまうため、未知のデータに対応ができず、モデルとしての汎用性がなくなってしまいます。

②モデルが複雑すぎる:モデルがデータに対して複雑すぎることでも過学習が生じます。データには予測に役立つ本質的なパターンだけでなく、たまたま生じる偶発的な例外のパターンも含みます。モデルが複雑すぎると、本質的なパターンだけでなく、例外的なパターンまで学習してしまい、正しい予測ができなくなります。

③データに偏りがある:学習に用いるデータに偏りがあると特定のデータに対してだけ過剰に適応してしまうことで、未知のデータがあった際に正しい分析ができなくなります。

適切な学習
過学習


過学習
過学習

人間の「過剰適応」とAIの「過学習」は全く異なる領域の話にみえますが、実は構造的には非常に似ています。特に構造的には「特定の環境やルールに過剰に最適化しすぎることで、柔軟性(汎用性)を失ってしまう」という点において共通しているといえます。

項目

AIの過学習

人間の過剰適応

対象

学習データ

特定の環境(職場、家庭、期待)

状態

ノイズまでルール化してしまう

相手の顔色や空気を読みすぎる

結果

未知のデータでエラーが出る

状況が変わると燃えつきる、メンタルヘルス不調

本質

汎化性能の欠如

自己の柔軟性の喪失

過学習の視点で考える過剰適応に対する対策

このように、過学習と過剰適応は非常によく似ていることから、AIの過学習を防ぐ手法は人間の過剰適応を防ぐためにもヒントとなるでしょう。
例えばAIの過学習も人の過剰適応も、あえて異なる視点を学習することや、不完全さを残すこととそれを許容することが、本人にとっても組織にとっても、健全な適応状態と持続的な成果・発展につながります。
主に必要な対応としては以下があげられます。

①ドロップアウト:意識的なオフの領域を設定する環境づくり
AIでは学習中にランダムに一部のユニットを無効化して特定の回路への依存を断ち切る手法をとっています。過剰適応傾向にある人は限界を設定することが苦手で人から頼まれるとなんでも引き受けてしまいがちです。この手法を応用し、自分の限界を意識的に設定するために、勤務時間外になると社内SNSを遮断するデジタルデトックスの環境設定や、上司が部下の仕事量を把握し、外的にコントロールできる状況にすることが有効です。

②コミュニケーションの正則化:心理的安全性の高い職場づくり
…AIにおける正則化は数式(回答内容)が複雑になりすぎるのを防ぐために、数式が複雑になることにペナルティを貸す手法です。過剰適応者は相手の意図を過剰に読み取り複数の価値観を抱え込もうとする傾向があります。彼らにとって、本当に重要な価値観を絞り込み、他は切り捨てる勇気をもつことが大切です。そのためには「弱音を吐いても評価に響かない」・「依頼を断っても関係性が壊れない」という安心感ができていることが重要です。
例えば、定期的な上司と部下の1 on1でも「無理をしている部分はないか?」など一歩踏み込んだ確認をすることや、直接業務にかかわりのない従業員とのメンター制度により業務や評価への影響を恐れずに話せる関係性を構築するなど、日頃から心理的安全性の高い職場づくりが重要です。
また、過剰適応状態になっている従業員が不安に感じた時に相談できるように社内外に相談窓口を設け、メンタルヘルス面での支援も効果的です。

③データの水増し:ロールドロップアウトで複数の居場所をつくる
…AIでは見たことのないパターンを意識的に作り学習することで、過学習を防ぎます。
人も同様に特定の役割(頼れるリーダー等)や一か所のコミュニティに依存しすぎるのではなく、部活動やボランティア活動、社内外の副業の容認などにより、複数コミュニティをもつ機会を提供し、第3の居場所をつくることが大切です。
また、ジョブローテーションやサブ担当制を導入することで、属人化した業務を減らし、チームで責任を共有することも有効です。それにより、一つの環境への過度な依存や「自分がいないと回らない」というプレッシャーを軽減し、過剰適応状態を防ぐことができます。

④早期終了:完璧でなくてもOK=成果でなくプロセスをみる人事評価制度
AIは学習データの精度が上がり続けると認識すると、過学習(テストデータの精度が落ち始めた)の段階で学習を打ち切る手法をとります。
過剰適応する人は期待に応えることや100%の結果を出すことにこだわる傾向にあります。長時間労働や無理な完遂を評価し、100%の精度に基づいた成果を評価するのではなく、プロセスを評価することや生産性、適切なリソース配分で持続可能な成果を出すことを評価する風土づくりが大切です。
そのためには、従業員の価値貢献や成長段階を適切に捉えられる人事制度設計と運用が重要です。その方法として、「役割の拡大と深化」があげられます。複数の役割を担いキャリアの幅をもたせること(拡大)と同じ業務でも安定したクオリティでこなせるようになること(深化)は、長期目線で従業員にとってのキャリア上の価値をつくります。このような複数の役割を担う機会と深化するチャンスを会社が提供することで、組織力を高めながらも個人が一つの役割に依存せずに、成長実感を得られるキャリアを築いていくことができます。(役割貢献制度については過去コラム参照)

今回のコラムではAIによる過学習の視点から、職場で生じる過剰適応の構造的な仕組みや過剰適応を防ぐ対策について解説していきました。
労働者自身の背景や要望が多様化する現代労働市場において、異なる背景をもつ従業員にとって働きやすい職場環境づくり、人事制度設計は、労働関連法規や労務管理に精通した専門家のアドバイスを求めることが大切です。

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