トータルリワード時代の新しい人事制度 ~役割の「拡大 × 深化」を実現する役割貢献制度~

以前のコラムでは、人材不足や激しい環境変化の中で、企業が持続的に成長していくためには、従業員一人ひとりの「自発性」と、そこから生まれるエンゲージメントが不可欠であることについて触れました。また、過去のコラム(人事制度①人事制度②)において、人事制度は単に給与や評価の仕組みであるだけでなく、「会社がどのような人材に、どんな行動を期待しているか」を具体的に示す、企業から従業員へのメッセージであることをお伝えしました。

このような考えを見ていくと、当然人事制度を設計する際には色々な設計思想があると思いますが、形骸化せず持続的な運用を行ううえでは、この相反しがちな二つの目的を同時に果たす必要があります。いわゆる、「中長期的な個人の成長と役割の拡大・深化」を支援することと、「短期的な組織や個人の業績・貢献」に報いることです。この二つを明確にし、それぞれに適した評価と処遇を行うことが健全な組織運営の鍵となります。

トータルリワードを考える

冒頭に触れた2つの目的を同時に果たす必要がある背景に、トータルリワードという考え方があります。トータルリワードとは、従業員への報酬を「給与や賞与などの金銭的報酬」と「成長機会や働きやすさといった非金銭的報酬」を一体として設計・運用する考え方です。
従来のように賃金だけでモチベーションを高めるのではなく、キャリア開発、評価制度、福利厚生、職場環境、仕事のやりがいなど、従業員が価値を感じるさまざまな要素を組み合わせて総合的な魅力を高めることを目的としているのが特徴です。
近年では働き方や価値観が多様化し、人材獲得競争が激しくなる中で、企業は一人ひとりのニーズに合った報酬や見返りを提供する必要があり、そのアプローチとしてトータルリワードが注目されています。学生の企業選びの基準も、安定した仕事の環境を確保したうえで組織や社会への貢献をしつつ、自ら成長していきたい、人の役に立ちたいという声も実際に聞かれます。
具体的な設計の際には、基本給・賞与・退職金などに加え、教育研修やキャリア支援、柔軟な働き方、健康経営施策、インナーコミュニケーションや企業理念への共感なども報酬の一部とみなして設計します。
また、近年では給与や賞与だけでなく、役割に基づく適正な処遇設計や株式報酬のような成長連動型の仕組みも重要性を増しています(従業員向け株式報酬の無償譲渡解禁へ)。従業員が自分の処遇と評価の関係がどのようになっているのかをしっかり理解できるようになると、会社と一体となって成長していく喜びや楽しさを感じやすくなり、総合的な魅力向上を後押ししてくれるようになるのです。
こうした総合的な報酬マネジメントにより、従業員エンゲージメントの向上、優秀人材の定着・採用力強化、そして業績向上につなげていくことがトータルリワードの狙いになります。

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「役割貢献制度」と「貢献度マトリクス」

このトータルリワードを考えるときに必要なこととして、従業員の価値貢献や成長段階を適切に捉えることがありますが、その方法として「役割の拡大と深化」という考え方が有効です。この「役割の拡大 × 深化」という二つの軸で従業員の貢献を捉える考え方は、人材育成や評価制度を検討する際に分かりやすいフレームとして活用できるのですが、横軸には担当できる業務範囲の広さ(拡大)、縦軸には一つの業務の難易度と再現性(深化)を置き、これらを掛け合わせることで、個々の強みや成長度合いを立体的に把握でき、どのように組織や社会に貢献しているのか、自分の貢献度を可視化することができるメリットがあります。

たとえば、業務の幅が広がり複数領域を担当できるようになることは「拡大」にあたり、同じ業務でも難しい案件を安定してこなせるようになることは「深化」と捉えられます。ここで重要になるのは、一度できたかどうかではなく、「その業務を同じ品質・クオリティで再現できるか」、すなわち再現可能性です。偶然その業務ができたのではなく、なぜ達成できたのかしっかり理解していることが重要です。再現可能性によって評価・承認することで社員にとっては自信を持つことができますし、経営側にとっては安心して任せられる領域を判断する基準になるメリットがあります。

これは既存の人事制度や評価の課題を解決する「貢献度マトリクス」と位置付け、この貢献度マトリクスを土台とした人事制度を「役割貢献制度」と名付けました。
この貢献度マトリクスは制度として整備しなくても、日々のマネジメントにおいて活用することも可能な柔軟性の高い制度でもあります。現時点でどこまでできているのか、次にどの領域に挑戦したいのか、チームとしてどこが強く、どこに課題があるのか。こうした対話がしやすくなり、コミュニケーションツールとしても利用できますし、評価も一方的な判定ではなく、成長を支援するための双方向的なプロセスに変えることができる強みがあります。

人材不足が続く中小企業にとって、従業員の成長実感を高めながら組織力を引き上げることは極めて重要です。また、大企業にとっては、組織の硬直化を解消する(役割の拡大)と同時に、プロフェッショナリズムを追求する(役割の深化)という、従来の人事制度では困難とされていた相反する二つの要請の両立が可能になることで、持続的なイノベーションと人的資本の最大化を実現するための構造的な解決策となり得ます。「拡大 × 深化」という視点は、そのための実践的なヒントとして、多くの企業で応用可能な考え方と言えます。

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長期の役割成長と短期の成果を分ける視点

「役割の拡大 × 深化」という視点を持つと、人事マネジメントの中で曖昧にされてしまいがちな「長期的な役割成長」と「短期的な成果」を明確に分け、且つ分かりやすく扱うことができるようになります。
まず、昇級は長期の役割成長を承認する仕組みと位置づけることが適切です。担当できる業務範囲が広がったか、あるいは難易度の高い業務を安定して再現できるレベルに達したかといった、拡大・深化のセルがどこまで埋まったかを確認し、固定的な処遇に反映します。これは「再現可能なスキル(再現可能性)」の蓄積を見るものとして捉え、一度きりの成果や偶然の成功を昇級理由にしないことが重要です。

では成功そのものに対して何も見返りがないのかというとそうではなく賞与に結び付ける仕組みにします。つまり、賞与は短期の成果やチャレンジへの処遇に活用することになります。新しいセルに挑戦した、周囲と協働して難しい案件をやり切ったといった、単発だけれども価値のある貢献を柔軟に報いることができるようにします。短期の業績は景気や外部環境といった外部要因に左右されることもあるため、これを昇級に直接結びつけると評価が不安定になりやすく公平性を欠くリスクや、「なんであの人が昇級するのか」といった不信感にもつながります。ただ、積極的にチャレンジをしてほしいという考えは多くの企業で共通の想いだと思いますので、新しい業務へのチャレンジをすることで成果を出した場合は賞与に反映させ、チャレンジすることに対するモチベーション向上に繋げる仕組みとするのが良いと考えています。

整理すると、長期は等級、短期は賞与という役割分担を明確にすると、従業員は腰を据えて役割成長に取り組みやすくなり、同時に短期の努力にも適切に報いることができます。そしてその結果として、組織としての公正性が高まり制度全体のバランスも保ちやすくなる、ということになるのです。

日々の行動支援と「貢献度アセスメント」

「役割の拡大 × 深化」の運用を進めるうえでは、誰がどのように承認をするかが非常に重要になります。評価に近い概念ですが、役割の到達度を測るためには、日常の行動や仕事の進め方に対する承認が不可欠です。
企業が求める業務内容や能力をしっかりと定義し、「どのセルが埋まったと言えるか(=承認できるか)」という形で具体化し、マトリクス上で確認していくイメージです。
承認する際には、現状把握とフィードバックを通じて、本人の気づきや行動変容を継続的に行っていく必要があり、このような取り組みはアセスメントと呼ばれますので貢献度アセスメント」と名付け、内容を見ていきましょう。

  • 承認者(評価者)は、その領域の仕事をよく理解していることが前提になります。
    単に「管理職だから」ではなく、その仕事のプロとして、「本当に再現可能なレベルに達しているか」を見極める役割が求められます。そのため、年に1回期末に評価・承認するようなやり方ではなく、日々の業務をどのように進めているか、どうすれば達成といえるかのコミュニケーションスキルが求められます。
  • また、面談や1on1では、「等級を何にするか」を話すのではなく、「今どのセルまで埋まっているか」「次にどのセルを目指すか」を「一緒に考える」場にします。
    これは単に1on1の場を業務報告や業務相談で終わらせるのではなく、上位者が上から目線で指導をするのでもなく、現在の取り組みをどう考え取り組んでいるのか、達成に向けて何が課題なのかを一緒に考える「伴走者」として意識することが重要だからです。

    そして、この結果は短期的な給与増ではなく、あくまで昇級(役割の拡大・深化の承認)という中長期的な処遇に活用します。
    そうすることで、「今回の業績が悪かったから昇級しない」という短期目線を排除し、「期待される役割のレベルに着実に近づいているか」という視点に基づいた運用ができるようになります。そうすることで、従業員が冷静に自分の実力と向き合い、自律的な成長に集中できるようになっていきます。

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    制度では拾いきれない「気持ちの揺らぎ」を支えるPlaTTalks

    ここまでの話から人事制度は会社の土台としてとても大事な仕組みであることが分かりましたが、実際の現場に目を向けると制度だけではどうにもできない「気持ちの問題」が必ず出てきます。
    自分が認められるかどうか不安に思うことや、役割が広がることへの戸惑い・プレッシャー、リーダーが一人で抱え込んでしまう心理的な負担など、どれも制度の枠組みからはみ出しやすく、放っておくと制度自体はしっかりできているにも関わらず制度に対する納得感が下がってしまったり、運用が上手くいかない事態に陥ってしまいます。だからこそ、制度と日々の感情をつなぐ「支え」が必要になるのです。
    弊法人が人事制度構築だけでなくオンラインカウンセリングサービスPlaTTalksを活用した支援をしているのは、まさにこうした心の領域を専門家が継続的に受け止め支えることで、従業員が安心して働ける状態をつくり、制度の定着や組織の健全な成長を一緒に創り上げていきたい想いがあるからです。

    拡大 × 深化で創る新しい人事制度のカタチ

    拡大×深化の考え方には、業務をしっかり定義づけすることが必要であることや、承認者の高いスキル、異動時の運用の難しさなど課題が確かに存在します。しかし、これらは決して制度の限界を決めるものではないと考えています。むしろ、こうした論点を丁寧に整理し会社の実態に合わせて調整していくプロセスこそが、人事制度を「時代に合った仕組み」へと育てていくために欠かせないステップなのです。
    現在広く使われている「職能資格制度」「役割等級制度」「職務等級制度」にも、それぞれ長所と短所があり大企業を含め多くの会社で時代に合わせた見直しが今も行われています。役割やスキルの定義をはっきりさせて見える化していくことで、従業員は自分が今どこにいて、これから何を求められるのかを理解しやすくなり、自分の処遇に対する納得感も高まります。
    さらに、評価や承認を行う側をきちんと育てる取り組みは、組織全体のマネジメント力を底上げすることにもつながります。異動や挑戦の機会をどのように扱うのかを透明化していくことで、公正性や納得感の向上に加えて、社員が新しいことに挑戦しやすい文化づくりに繋げていきましょう。

    拡大 × 深化は、単に従業員の処遇を決める枠組みではなく、組織が「人の成長をどのように支え、どのように価値を認め社会に貢献していくか」の方向性を示してくれます。課題があるからこそ工夫の余地もありますし、その工夫をしていくことで、その企業ならではの文化や風土を作ることにも繋がります。自社に合った形で柔軟に取り入れながら社員の貢献を正しく捉え、成長を後押しする制度へと発展させていくことが選ばれる企業への第一歩になると考えています。


    組織に合った人事制度を実際に機能させるためには、制度設計だけでなく、その運用を支える体制づくりが不可欠です。期待される役割や評価基準、処遇の考え方を明確にし、それらを日常のマネジメントに落とし込む仕組みを整えることで、制度は初めて企業の成長を支える実効性のある仕組みになります。
    プラットワークスでは、事業戦略や組織課題に応じた人事制度や株式報酬制度の設計に加え、運用が定着するためのプロセス整備や評価者研修など、実務に密着した支援を提供しています。
    制度の導入や見直しをご検討の際は、ぜひお声がけください。

    制度構築 - プラットワークス|社会保険労務士法人プラットワークス|東京都 千代田区 大阪市|社労士法人 社労士事務所

    また、すぐに契約というほどではないが「専門家に相談したい」といった、スポット的なアドバイザリーも弊法人では受けております。企業様のご相談のほか、個人の方からの相談についても、元労働基準監督官である弊法人の代表が相談内容を聞き、ご状況を踏まえつつ個別のアドバイスを行います。

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