もくじ
2026年6月18日、金融庁および経済産業省はベンチャーキャピタルに関する有識者会議を開き、2024年公表された「スタートアップ企業を支援するベンチャーキャピタルに推奨・期待される事項」の改定案を示し大筋で了承を得ました。この事項では、スタートアップ企業に成長資金を供給するベンチャーキャピタル(VC)に求められる役割を提示し、スタートアップ企業を取り巻く様々な問題と、その問題を解決するための対策についてまとめています。
そして、今回の有識者会議で検討された事項のうち、スタートアップ企業とベンチャーキャピタルを取り巻く「コンプライアンス管理」について、ハラスメントの防止策の策定が新たに盛り込まれました。
昨年、株式会社オルツの不正会計のニュースがあったように、ベンチャーキャピタルの支援を受け、IPOを目指すスタートアップ企業においては、無理なKPI設定による会計水増しの他、ハラスメントをはじめとしたコンプライアンス違反が多く見られる現状にあります。そして、そこには従業員の心理に影響を与える構造的な問題が潜んでおり、その問題へのアプローチが求められています。
今回のコラムでは、ベンチャーキャピタルに推奨・期待される事項のうち「コンプライアンス事項」について、制定の背景にあるスタートアップ企業における構造的な問題とその解決に向けてスタートアップ企業と支援するベンチャーキャピタルに対して求められる対応について解説していきます。
VCに推奨される事項:「コンプライアンス管理」とは
金融庁および経済産業省の「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項」は、日本のベンチャーキャピタルの運営体制をグローバル水準にひきあげることと、日本のスタートアップ企業を健全に世界的に成長させることを目的として制定されました。そして、この事項は広くスタートアップ企業へ資金調達を目指すベンチャーキャピタルとして備えるべき「推奨される事項」と中長期的なリターン向上やエコシステム発展のため一般的に「期待される事項」の二段構成にてまとめられています。
そのうち、推奨される事項としては主にガバナンスと透明性の観点で8項目定めており、そのうちの一つとして「コンプライアンス管理体制の確保」が策定されました。
※第11回金融資本市場のあり方に関する産官学フォーラム「ベンチャーキャピタルに関する有識者会議での議論や残された課題」より
【コンプライアンス管理体制の確保】
金融庁が策定した「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項」において、コンプライアンスやガバナンスに関連する事項は非常に重要な柱として位置づけられています。
この策定の背景には、国内外の機関投資家(LP)からベンチャーキャピタル(VC)への資金供給を円滑にするため、VC側の運営体制の透明性や信頼性をグローバル水準に引き上げるという狙いがあります。
「推奨・期待される事項」に含まれるコンプライアンスおよびガバナンス関連の要点は、大きく以下の2つの視点に分類されます。
1)ベンチャーキャピタル自身のコンプライアンス管理体制
第一にベンチャーキャピタルが自らの組織として適切な体制を構築しているかどうかが問われます。
ベンチャーキャピタルにおけるコンプライアンス管理の体制をしっかりと確保して運営を行うことが大切です。
具体的には定期的なハラスメント対策研修や講習の受講を通した、役職員の意識啓発が図られることが重要としています。
2)投資先スタートアップ企業に対するコンプライアンス把握
ベンチャーキャピタル自身だけでなく、「投資先であるスタートアップがコンプライアンス違反を起こし、企業価値を毀損してLP(資金提供者)に不測の損失を与えないようにすること」もベンチャーキャピタルの責任に含まれており、非常に重要です。
具体的には投資の選定時、投資実行後のモニタリングにおいて、スタートアップ企業の以下の4つの状況を十分に把握・支援することが推奨されています。そのうち、法令遵守のひとつとしてハラスメント防止対策が今回の改正で明記されました。
【スタートアップ企業に対して把握・支援すべき事項】
①会計処理の適正性
…会計基準に準拠した適切な会計処理が行われているか。
②法令遵守
… 各種業法や労働法など、守るべき法令の遵守。※ハラスメント対策の明記
③反社会勢力の排除
… 反社会的勢力との関係がないかの徹底したチェック。
④BCP対応・セキュリティ
…企業の成熟度に応じたサイバーセキュリティ対策や、事業継続計画(BCP)の整備。
そして、ベンチャーキャピタル、スタートアップ企業どちらにも共通して、ハラスメント対策に関しては役職員やスタートアップ企業が安心して相談できるように、ベンチャーキャピタルから独立した相談窓口や匿名性を確保した第三者機関による相談窓口の設置が推奨されます。
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※ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項~コンプライアンス管理~ 3. 関連法令、ファンドに関する契約等を遵守するため、LPの要求水準に応じた 適切な範囲において、コンプライアンス管理の責任者の明確化や非公表情報の取扱い、GP内及び投資先企業へのハラスメント防止その他業務運営に必要な規程を整備し、コンプライアンス管理の体制を確保することが推奨される。 |
VC・スタートアップ企業を取り巻く構造的問題
では、なぜ今回ベンチャーキャピタル・スタートアップ企業に対してコンプライアンス管理のひとつであるハラスメント対策の言及がなされたのでしょうか。そこにはベンチャーキャピタルとスタートアップ企業を取り巻く構造的問題が関係しています。
第一に、スタートアップ企業にとって、ベンチャーキャピタルは事業の生命線である「資金」を握る絶対的な存在であり、このような立場上パワハラやセクハラなどハラスメントが生じやすい関係にあります。
また、成長フェーズにあるスタートアップ企業内ではその事業フェーズ上、ハラスメントが発生しやすい構造になりやすいです。
ベンチャーキャピタルから資金調達を受けるスタートアップ企業はIPOを目指す企業が多く、スタートアップ企業内でも自然とKPIを達成しようとする意識が生じやすくなり、無理なKPI設定により従業員が疲弊し、ハラスメントが横行するリスクもはらんでいます。また、企業内でハラスメントが横行し当たり前となっている状況下となっている場合、不安を感じた従業員も心理的負担感からハラスメントに関する相談がしづらくなってしまう傾向にあります。
また、時代的な変化によるハラスメント対策の重視という視点もあげられます。かつてはハラスメントは「個人の道徳の問題」とされていたこと、その価値観がスタートアップ企業に対しては特に色濃く残っていたものの、現代のグローバルスタンダード(ESG投資)の観点では「ガバナンス欠如による重大な投資リスク」のある企業という目で見られ、投資家からの評価の低下の他、優秀な人材を採用することが難しくなります。また、社内ハラスメントが横行している企業は早期離職や休職者の増加につながるため、企業の生産性の観点でもマイナスとなってしまいます。
VC・スタートアップ企業に求められる対応
上記の背景とコンプライアンス管理を踏まえて、ベンチャーキャピタルおよびスタートアップ企業に求められる対応としては以下があげられます。
1)ベンチャーキャピタルに求められる対応
ベンチャーキャピタルは、資金と権限を持つ「強者」になりがちだからこそ、自らの組織を律する仕組み作りがコンプライアンス対策として求められます。具体的には以下があげられます。
①ハラスメント防止ポリシー(行動規範)の策定と公表
「起業家や投資検討先のメンバーに対するハラスメントを一切容認しない」という方針を明確にし、社内規程だけでなく、WEBサイト等で外部にも公表することで、組織内外に対してハラスメント対策を積極的に行うベンチャーキャピタルであるメッセージを伝えます。
②通報・相談窓口の設置(外部窓口の活用)
スタートアップ企業がハラスメントや不当な要求を受けた際、担当キャピタリストを飛び越えて相談できる「匿名かつ外部の相談窓口」を設置することが大切です。
③キャピタリストへの教育・研修の徹底
投資担当者に対して、コンプライアンス、アンコンシャス・バイアス、ハラスメント研修を定期的に実施します。特にベンチャーキャピタル側ではスタートアップ企業の成長のために、無自覚でハラスメントを行ってしまう傾向にあるため、「良かれと思った経営介入」がパワハラになり得ることへの理解を深めさせることが重要です。
2)スタートアップ企業に求められる対応
スタートアップ企業は、「コンプライアンス体制が整っている信頼できる投資先」として社内外から選ばれるために自社内での体制構築と、ハラスメントを受けた際に自らを守るための毅然とした対応が求められます。
①自社のコンプライアンス・ガバナンス体制の整備
「まだ創業期だから」と言い訳せず、最低限の労務管理の制度設計(ハラスメント防止規定など)や適切な会計処理、反社会的勢力排除のチェック体制を早期から整えていきます。
②「選ぶ側」としての視点
「ハラスメント対策やコンプライアンス方針を公開しているか」「過去に投資先とトラブルを起こしていないか」等の視点を持ち、ベンチャーキャピタルに対してもチェックする意識を持つことが大切です。
③記録の徹底と客観的証拠の保持、外部相談窓口の活用
投資交渉時や投資実行後のミーティングにおいて、ハラスメントと疑われる不適切な言動や過度な要求があった場合は、議事録やメールなどの「客観的な証拠」を残すこと、匿名性を確保した外部の相談窓口を必要に応じて活用する等、従業員が心理的負担感をもたずに内部通報できる仕組みを整えていくとよいでしょう。
3)求められる「相互の選別」と安全な枠組みの構築
今回の金融庁の改定案では、ベンチャーキャピタル自身への体制整備のみならず、投資先スタートアップ企業に対する「法令遵守(ハラスメント対策)の把握・支援」や、独立した第三者機関による相談窓口の設置が推奨されています。
これからの時代、スタートアップ企業は単に資金だけを見て投資を受け入れるべきではありません。「そのベンチャーキャピタルは、自社の組織の健全性を守る安全な枠組み(規範)を有しているか」という、投資家を『選ぶ側』の視点を持つことが不可欠です。
同時に、ベンチャーキャピタル側もまた、単に目先の数値目標だけを追う組織ではなく、早期から強固な労務管理の制度設計(ハラスメント防止規定や適正な労働環境の構築)を実行できる「信頼に足る投資先」を厳格に選別していく必要があります。
ベンチャーキャピタルはスタートアップ企業にとって重要な役割を担うからこそ、スタートアップ企業・ベンチャーキャピタル双方が健全なコンプライアンス体制づくりを行い、対等なビジネスパートナーシップを確立することが大切です。それこそがスタートアップ企業の企業価値を最大化するとプラットワークスは考えています。
私たち社会保険労務士法人プラットワークスは、労働法規の適法性を背景とする「自律型組織戦略」と、公認心理師との共創による心理アプローチを統合した『組織人事デザイン』を通じて、上場を目指す組織の持続的な仕組みの構築を支援しています。
弊法人ではハラスメントやメンタルヘルス等の人事労務領域にまたがる相談窓口はもちろんのこと、公益通報窓口、内部通報窓口などの幅広い相談窓口として活用いただくことができます。コンプライアンス対策として外部の通報・相談窓口としてぜひご活用ください。
また、弊法人では「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlaTTalksを運営しております。職場における心身の健康に不安を感じている従業員にとって、会社に知られることなく相談することで、匿名性を守りながら心の負担を軽くすることのできるプラットフォームとして活用いただくことができます。PlaTTalksではカウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。
さらに、弊法人はIPO支援も積極的におこなっております。上場審査において求められる規程体系及び規程の内容を常に念頭に置きながら、現行規程の修正、不足している規程の作成及びこれらの規程類の貴社内での運用の定着の指導を行います。どの規程についてどんな整備が必要か、どうすれば漏れなくかつ効率的に整備ができるかを提案・サポートいたします。



