フレックスタイム制を導入する際は、2種類の「労働時間」に留意する必要があります。
「法定労働時間の総枠」と「総労働時間」は別物であるものの、両者を混同している方は少なくないかもしれません。
本コラムでは、これらの定義に加えて、時間を超えて労働した場合に36協定締結や割増賃金の支払いが必要なのか、という点について解説します。
法定労働時間の総枠とは?
「法定労働時間の総枠」は、フレックスタイム制(清算期間全体)での“法定”労働時間をいいます。
【1週間の法定労働時間×清算期間の暦日数÷7】で求めます。
≪例≫清算期間の暦日数が30日の場合は171.4時間が「総枠」となり、これを超えて労働させる場合に36協定締結と超過時間分の割増賃金が必要です。
(引用:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」)
総労働時間とは?
「総労働時間」とは、フレックスタイム制(清算期間全体)での“所定”労働時間をいいます。
企業ごとに定められた【標準労働時間×所定日数】で求めます。なお、総労働時間は、法定労働時間の総枠以内の時間で設定しなければなりません。
≪例≫標準労働時間が1日8時間で所定日数20日の場合、総労働時間は160時間です。
つまり、下図のように「総労働時間」は、「法定労働時間の総枠」の中に包含されているという関係性です。
実労働時間(実働時間)とは?
「実労働時間(実働時間とも言います)」とは、労働者が実際に働いた時間のことをいいます。「法定労働時間の総枠」や「総労働時間」とは異なり、労働基準法に定められた用語ではありません。
36協定締結と割増賃金が必要になるケースは?
「法定労働時間の総枠」と「総労働時間」の関係を述べてきましたが、問題となるのは、どの程度労働させると「36協定の締結」や「割増賃金」が必要なのかという点です。ここでは、3つの例を挙げて解説します。
【例】総労働時間160時間、法定時間の総枠171.4時間(清算期間暦日数30日)の場合
①の例…実労働時間が総労働時間を下回っているケース(実労働時間<総労働時間)
この場合は、36協定締結および割増賃金は不要です。なぜなら、36協定締結と割増賃金が必要なのは、あくまで法定労働時間を超えた場合だからです。実労働時間が総労働時間よりも少ない場合は、欠勤控除を行うのが原則です。
③の例…実労働時間が総労働時間を超えているものケース(実労働時間>総労働時間)
この場合は、36協定締結も割増賃金も必要です。実労働時間が「法定労働時間の総枠」を超えているからです。あくまで、「法定時間の総枠」を超えた部分に割増賃金が発生します。
では、②の場合はどうでしょうか?
「総労働時間」は超えているものの、「法定時間の総枠」は超えていないというケースです。法定労働時間を超えていないため、36協定締結は不要です。
ここで注意したいのは、割増賃金については不要な場合と必要な場合の2パターンがあるという点です。原則は、法定労働時間を超えていないため、割増賃金も不要です。例外として、就業規則や雇用契約書において「実労働時間が総労働時間を超えた時には、割増賃金を支払う」と定めている場合には、法定労働時間の総枠の範囲内であっても割増賃金の支払いが発生します。労働者に有利な契約をした場合には、その部分については労働契約が優先されます。
労働基準法では有給休暇をどう扱うか?
有給休暇は実際に労働を行っているわけではないため、労働基準法上は労働時間にカウントする必要はありません。このような考え方を実労働時間主義といい、法定外労働時間に計上しないのが一般的です(所定労働時間勤務したものとみなして有給休暇分の賃金は100%支払い、25%の割増賃金は支払いません)。
ちなみに、有給休暇は労働者の労務提供義務が免除されるため、ノーワーク・ノーペイの原則の適用の例外となります(民法第536条)。ノーワーク・ノーペイの詳細については、下のリンクをご覧ください。
有給休暇を取得した場合の実務上のポイント
労働者が有給休暇を取得したことで「法定労働時間の総枠」や「総労働時間」を超えた場合、36協定の締結や割増賃金は必要でしょうか?先ほどの例を用いて解説します。
【例】総労働時間160時間、法定時間の総枠171.4時間(清算期間暦日数30日)。
ここに1日の有給休暇を取得したとします(標準となる1日の労働時間を8時間と仮定)
①の例を見てみましょう。
この場合は、36協定締結および割増賃金は不要です。「法定労働時間の総枠」に満たないからです。
②の例を見てみましょう。
この場合も、36協定締結および割増賃金は不要です。有給休暇を取得した日は、あくまで「働いたとみなす」だけで、実労働時間にはカウントしないからです。
では、③の場合はどうでしょうか?
すでに「法定労働時間の総枠」を超えて労働している場合です。この場合は2段階で考える必要があります。
(ⅰ) 図のAの部分は、36協定も割増賃金も必要です。「法定労働時間の総枠」を超えているからです。
(ⅱ) 図のBの部分は、すでに「法定労働時間の総枠」を超えているため、36協定締結は必要ですが、割増賃金は原則不要です。②の例と同様で、労働の実態がないため、通常の賃金のみ支払えば良いことになります。例外として、就業規則や雇用契約書において割増賃金を支払う旨を定めている場合には、割増賃金の支払いが発生します。
このように、フレックスタイム制の導入にあたっては、「法定労働時間の総枠」と「総労働時間」に留意する必要があります。これらを混同したまま誤った運用を続けてしまうと、長期にわたって給与未払いや過払いが発生するなどのリスクも生じます。こうしたリスクを避けるため、専門家に意見を聞くことが大切です。弊法人では人事労務アドバイザリー業務をおこなっており、その中でフレックスタイム制の導入実績もございます。判断に迷った時はぜひ弊法人にご相談ください。
人事労務アドバイザリー - プラットワークス|社会保険労務士法人プラットワークス|東京都 千代田区 大阪市|社労士法人 社労士事務所
また、「顧問契約というほどではないが専門家に相談したい」といった、スポット的なアドバイザリーも弊法人ではお受けしております。企業様のご相談のほか、個人の方からのご相談についても、元労働基準監督官である弊法人の代表がご相談内容を伺い、ご状況を踏まえつつ個別のアドバイスをさせていただきます。