大学教員の働き方改革における課題~「10年無期転換特例」の構造的問題から考える~

2019年より「働き方改革」が実施され、日本の労働市場では長労働時間労働を問題視し、労働時間を厳格に把握し、時間外労働の規制する主流となってきていました。一方で、大学における大学教員の働き方は現在に至るまで多くの課題を抱えています。教員の研究活動は創造的な活動であることから、労働時間についても教員自身の自由な設計を主張する声があがるため、厳密な管理がされていませんでした。
しかし、近年は本来の研究業務に加えて学生教育や大学運営にかかわる会議などの研究以外の業務が増大しており、深夜や休日に研究活動を行わざるをえない問題も生じ、大学教員の働き方改革の必要性が増しています
このような問題については学生の教育不足や人手不足など大学側にのみ原因があるとされがちですが、実は大学教員の働き方における構造的な問題が潜んでいます。これらの問題について大学教員に特有の働き方と併せて解説するとともに、今後求められる対応について見解を述べていきます。

裁量労働制と長時間労働

多くの大学教員は通常の労働と異なり「専門業務型裁量労働制」が適用されています。しかし、実態との乖離が深刻な問題として顕在化しています。問題点としては以下があげられます。

「専門業務型裁量労働制」…業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間分配等を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務として、厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められた業務の中から、対象となる業務を労使で定め、実際にその業務に就かせた場合に、労使であらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度
(詳細は過去コラム参照)

①業務の肥大化:研究だけでなく、入試運営や学生対応などの業務が増えていることで負担が増大し、長時間労働となってしまう危険性がある。

みなし労働の限界:授業や会議時間は大学側が指定するため、実質教員に裁量がないケースもみられるため、みなし労働とすることに限界がある。

実際に近年の調査では大学教員の1週間の業務時間は平均60時間に達しており、月80100時間の残業に相当するケースも珍しくありません。
このようにして多くの大学で導入されている「裁量労働制」が長時間労働を実質的に増加させているといえます。

大学教員特有の無期転換ルール

また、有期労働契約を締結する非常勤教師などの教員は無期転換ルール(有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合、無期労働契約への転換が可能となる:労働契約法第18条)の適用がされず、10年間にわたって有期労働契約の更新を続ける必要があります。(通称10年特例)
この特例は「大学教員任期法」および「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」において定められています。

無期転換ルール、10年特例、大学教員任期法、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律

厚生労働省「大学等及び研究開発法人の研究者、教員等に対する労働契約法の特例について」より

無期転換ルールが10年となっている理由

大学教員について10年とされている理由としては以下があげられます。また、正規の大学教員になるためにポストをめぐる競争が活発化されることや教育研究の進展を目的としているとしています。しかし、非常勤講師などは労働条件が必ずしも良いものとはいえず、長期間にわたり不安定な雇用環境にさらされる危険性があります。また、このような労働条件は、自身のキャリアとして研究者の道を選ぶ学生が減少する要因につながる可能性が指摘されます。
参考:「大阪大学における非常勤講師の労働契約をめぐって」

①研究プロジェクトの長期性
学術研究は成果が出るために時間がかかり、研究内容によっては5年以上かかってしまうことが珍しくないため、適切な能力評価を行うために10年に延ばされた。

②適切な能力評価機関の確保(テニュア・トラック制)
研究者の資質を評価する際に「論文の質や数」で評価するため、5年ではサンプルが少なすぎるとし、10年という期間を設けることで、その成果によって無期転換を判断するという仕組みとなっている。
一度認められると終身雇用が保証された教員(テニュア)としての立場で働くことが可能となる。

③若手研究者の「雇い止め」防止
5年ルールにすると、契約更新前の4年で大学側の雇い止めが加速する可能性があるため、10年に延ばす特例が作られた。

【一般労働者と大学教員との無期転換に関する比較】

区分

一般の労働者

大学教員・研究者

無期転換の権利発生

通算5年

通算10年

主な根拠法

労働契約法

大学教員任期法 / イノベ活性化法

目的

雇用の安定

研究の継続性・質の確保

大学の無期転換ルールにおいて、10年特例がどこまで適用されるかは特に重要な論点となります。その基準を示した判例として「羽衣学園事件」があげられます。 

「羽衣学園事件(最高裁 令和61031日判決)」
事案: 介護福祉士養成コースの専任講師が、勤続5年を超えた時点で無期転換を申し込んだが、大学側が「10年特例の対象である」として拒否し、雇い止めを行った。

争点: 研究時間の少ない(実習や演習が主の)講師も特例対象である「教育研究組織の職」に該当するか。

判決: 最高裁は、「実習や演習などの実践的な教育も『教育研究』に含まれる」と判断し、10年特例の適用を認めた。

この判例によって、10年特例の要件になる「教育研究組織の職」に該当するか否かが焦点となり、最高裁の判決によって「多様な人材確保が特に求められる教育研究組織」に該当するとして、10年特例の対象となるとし5年無期転換を否定しました。 

大学教員の今後の働き方と労務管理に求められること

このように近年は「羽衣学園事件」の判例に代表されるように、無期転換への10年特例について複雑な労務トラブルが増加しており、その対象となる実態把握について、今後はより「10年特例」に対する判定基準の厳格化が予想されます。一部の大学では「有期雇用の教員でも5年程度で厳格な審査を行い、合格すれば無期雇用にできる」といった大学独自のテニュア・トラック制度を整備する大学も増えてきており、今後はより大学における教員の「働き方改革」の流れもひろまっていくと考えられます。

また、裁量労働制による長時間労働の問題が顕在化していること、2024年4月施行の改正労働基準法により、裁量労働制においても健康・福祉措置の義務化が行われたため、厳格な労働時間の把握や労働者の健康状態の把握と適切な措置を講ずることが求められます

人手不足が深刻化し、大学の経営難などの問題が顕在化している現代においては、大学でもより優秀な研究者となる人材確保・人材育成をしていくために他大学と差別化した人事制度の設計や働きやすい職場環境整備などの労務戦略が必要となります。そのためには、労務に精通した専門家のアドバイスをうけることがよいでしょう。
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