「DE&I疲れ」はなぜ起きる?~国内外の歴史から紐解く背景と、日本企業が取るべき対策~

近年、ビジネス界において重要なキーワードとして推進されてきた「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)」ですが、ここ数年において「DE&I疲れ」に代表されるような揺り戻しの動きが世界的に、また日本においても広がってきています。海外の動向では、特にアメリカにおいてトランプ大統領の再就任をきっかけとした反DE&Iの動きが生じており、大企業におけるDE&Iプログラムの廃止・縮小などの動きが生じています。
一方日本では、海外のような激しい反DEIの動きはありませんが、急速なDE&I推進に伴う対応に追われ、現場における「DE&I疲れ」が表面化しています。

では、なぜ現在は「DE&I疲れ」のような、世界的にDE&I推進への揺り戻しの動きが起きているのでしょうか。その背景には法律による義務化や国からの要請によって強制的にDE&I推進を行ってきたことがあげられています。
また、日本の労働市場は少子高齢化に伴い、多くの企業において慢性的な人手不足が発生しており、今後の日本において多様な背景をもつ人材を活用していくことは重要なキーワードとなります。
今回のコラムでは世界的に「DE&I疲れ」が起きている背景と今後の日本の事業主に求められる対応について解説していきます。

DE&I疲れとは

DE&I疲れ」とは、企業や組織が推進する「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン:多様性・公平性・包括性)」の取り組みに対して、従業員や管理職が心理的な負担、拒絶反応、あるいは徒労感を感じて疲弊してしまう現象のことです。
DE&I」は人々の多様性を認め合う社会を目指す素晴らしい理念である一方、現場への導入方法や進め方の歪みによって、2024年〜2026年にかけて多くの企業で表面化し、議論されるようになりました。
では、なぜ良かれと思って進めるDE&Iで「疲れ」が生まれてしまうのか、DEIの定義を解説しつつその主な原因と背景を紐解いていきます。

DE&Iとは

DE&Iとは(Diversity、Equity & Inclusion)の略で「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包摂性)」を組み合わせた概念で、個々の能力を最大限に発揮できる組織環境を目指す考え方です。

D:Diversity(多様性)
組織的な職場の中に性別・年齢・国籍・障がいの有無・性的指向・宗教・価値観などの様々な属性の人が存在することを尊重し社会や組織に受け入れること

E:Equity(公平性)
公平な報酬や実質的な平等を意味
マイノリティの属性の人(女性や障がいを持つ人など)に対して社会や組織に存在する不平等な構造を前提として同じスタートラインに立てるように支援すること

I:Inclusion(包摂性) 
多様な人材を受け入れるだけでなく、それぞれの個性や特性を組織の中で生かし、誰もが安心して力を発揮できる状態(少数派が組織に属しているだけでなく、彼らが安心して意見を言ったり能力を発揮したりできている状態)

DE&I推進の歴史と現状

ダイバーシティ(多様性)エクイティ(公平性)インクルージョン(包括性)を巡る動きは、時代の変化や社会的な要請とともに、その定義や目的を大きく変えてきました。DE&I推進の歴史は、大きく4つのフェーズ(1960年代〜2020年代以降)に分けることができます。その歩みを振り返ると、かつては「法的義務や倫理」だったものが、現代では「企業の生存戦略」へと進化してきたことが分かります。

第1期(1960s〜1970s)「人権」と「法的義務」の時代
~公民権運動、差別禁止、アファーマティブ・アクション~

DE&Iの源流は、1950年代~1960年代のアメリカで活発化した黒人の基本的人権を要求する運動である「公民権運動」にあります。この運動をきっかけに人種差別や性差別を解消するための法整備が進んだことが始まりました。

・公民権法の成立黒人差別に対する抗議として、選挙権の保証や公共施設における人種差別禁止を求め公民権運動が行われた結果、1964年に公民権法が成立し、人種、皮膚の色、宗教、性別、国籍による差別が違法とされました。

・アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置) これまで不利益を被ってきた黒人や女性などのマイノリティ層に対して、採用や進学の枠を一定数確保するなどの差別是正のための優遇措置が始まりました。

このように、当時は主にアメリカにおいて、企業にとって多様性の確保は「法律を守るため」「差別企業として訴えられないため」という、受動的・防衛的な対応として行われていました。

第2期(1980s〜1990s)「多様性(D)」と「ビジネスメリット」の発見
~ダイバーシティ、労働力不足、市場の多様化~

1980年代後半になると、アメリカのシンクタンクが発表した報告書『ワークフォース2000』により、今後の労働市場は白人男性が激減し、女性や移民が主役になることが予測され、社会に衝撃を与えました。
ここから、単に「法律を守る」だけでなく、「多様な人材を生かすことはビジネスに有利である」という思想(ダイバーシティ経営)が生まれました。
 消費者が多様化する中、白人男性だけで作った商品やサービスでは売れなくなってきたため、性別や人種などの視点から多様な意見を開発に活かそうとしました。

対して、日本においては1979年に国連が採択した「女子差別撤廃条約」によって、その国連の条約に加盟するために1985年に「男女雇用機会均等法」が成立、1995年の国連の「第4回世界女性会議」による採択を受けて、1999年「男女共同参画社会基本法」が成立するなど、国連による外圧によってダイバーシティ(D)の第一歩が始まりました。

第3期(2000s〜2010s)「インクルージョン(I)」への進化
~「一億総活躍」、「働き方改革」、「心理的安全性」への着目~

この頃になると、多様な人材を採用(D:Diversity)したものの、「組織に馴染めずすぐに辞めてしまう」「形だけの採用で意見が反映されない」という問題に直面します。そこで、ただ集めるだけでなく、それぞれの個性を組織に受け入れ、活かすための「インクルージョン:Inclusion(包括・受容)」の概念が加わり、「D&I」となりました。

・マジョリティ(主流派)の意識改革 マイノリティ側だけに努力を強いるのではなく、受け入れる側の管理職の意識改革(アンコンシャス・バイアス研修など)が必要だと気づき始めます。

日本では、2010年代になると2015年に国連が採択した「SDGs」が採択され、日本のDE&Iも「官庁の取り組み」から「民間企業の経営課題」 へと流れが変わりました。
さらに少子高齢化による深刻な労働力不足を背景に、国が「一億総活躍社会」や「働き方改革」を推進していきます。投資家向けの「人的資本経営の開示(女性管理職比率の公表など)」や経済産業省による「新・ダイバーシティ経営企業100選」など、日本の民間企業でも一気にD&Iがブームとなりました。

第4期(2020s〜)「エクイティ(E)」の追加と、世界的「揺り戻し(反DE&I)」
~格差是正、Black Lives Matter、反DE&I、実力主義への回帰~

2020年、白人警察による相次ぐ黒人の殺害事件をきっかけにアメリカで起きた「Black Lives Matter(BLM)」運動やコロナ禍による格差の可視化をきっかけに、単に平等な機会を与えるだけでなく、スタートラインの違いに配慮して個別のサポートを行う「エクイティ:Equity(公平性)」の重要性が叫ばれ、現在の「DE&I」という形になりました。しかし、このDE&Iの歴史は今、最大のターニングポイント(揺り戻し)を迎えています。

・米国での法・政治の動向: 2023年の米最高裁による「アファーマティブ・アクション」違憲判決や、トランプ政権の誕生により、アメリカの大手企業(マクドナルド、ウォルマート、メタなど)が相次いでDE&Iプログラムの撤回や縮小を発表しています。

・過剰な推進への反発:また、 数値目標(女性管理職比率、人種比率など)の達成を急ぐあまり、「多様性のための採用により、実力主義が軽視され、マジョリティへの逆差別になっているのではないか」という不満が爆発したこともあげられます。

日本においてもこのような反発傾向は発生していますが、アメリカと異なり、少子高齢化に伴い人材不足が深刻となっている日本においては、DE&Iを推進する必然性にかられています。
その一方で、これまでの国連という外圧によって進められたDE&Iの歴史的流れから、国や会社から求められる形式的な目標をもとにDE&Iを推進してきたため、現場が納得できず、疲弊が生じやすい構造になっているとも言えます。

<世界におけるDE&Iの潮流まとめ>

年代

概念

主な目的

日本の動向と目的

1960-1970年代

法的義務

差別をなくす、法令遵守、人権保護

 

1980-1990年代

D(多様性)

異なる属性(性別、人種など)の人を集める

「国連の動きをきっかけ」に
女性の社会進出に向けた法整備(法的義務)
…差別をなくす、人権保護

2000-2010年代

D&I(包括)

異なる属性の人材の個性を認め、組織に受け入れる

D(多様性)とI(包括)の導入
…一億総活躍社会を掲げ、女性の活躍を数値目標化、働き方改革による多様な属性の人も組織で発揮できる環境整備へ

2020年代

DE&I
(公平)

異なる属性の人材を優遇することで格差を埋める

⇒ 実力主義とリバランス

E(公平)の追加と人的資本経営とDE&I疲れ
…個々の状況に合わせたサポートを行うE(公平性)の概念が加わる。人的資本経営の義務化により、DE&I指標が重要な経営指標となる

この数値目標の達成を急ぐあまり現場に負担が集中し、疲弊が生じる

「DE&I疲れ」に対して企業としてできること

このようにして、DE&I推進を急ぐばかりに、現場の実態を考慮せずに数値目標の達成を過度に意識した管理職への昇進や採用、サポート不足などにより、形としてDE&Iの達成ができていても、当事者が過剰な期待や過小なサポートに苦しみ退職しや降格を申し出るケースや、多様な人材をマネジメントする周囲の従業員や管理職の負担増により疲弊を生み出してしまっている問題が生じています。そのため、企業としては「国やトップの指示による、一部の従業員だけを配慮する形だけのDE&I推進」から、一歩踏み込んだ「事業の成長にDE&I推進が不可欠であり、結果的に全従業員の働きやすさにつながるというDE&Iの意識づくり」が求められます。具体的には以下があげられます。

①全従業員にとって働きやすい柔軟な働き方の制度設計
制約のあるマイノリティ層が働きことをあきらめることがないように、また、過度な配慮によりマジョリティに逆差別と感じさせないように、全従業員に対して働きやすい柔軟な働き方の制度設計や環境整備と丁寧な説明が必要になります。
例えば、育児や介護を行う従業員向けの時短勤務制度、テレワーク・フレックスタイム・週休3日制の活用、育休の代替手当、その他高齢者や障がい者向けのITスキルの習得支援や補助デバイスの支給、LGBTQ理解促進の研修やイベント実施などが例として挙げられます。

②心理的安全性の高い職場づくり
…多様性に配慮されない職場は従業員エンゲージメントの低下が生じやすくなり、優秀な新規人材の獲得機会を逃すだけにとどまらず、既存従業員の離職につながる可能性があります。そのため、1 on 1 やメンター制度を活用して、普段より仕事上の悩みや不安を共有できる心理的安全性の高い職場風土を作ることが大切です。
そのためには組織内で「従業員でケアすべき人がいれば組織の問題として、配慮すべきである」というケアの倫理の視点が重要です。(ケアの倫理については過去コラム参照)
このような視点が普段から身についている組織においてはマイノリティ層の従業員も安心して働くことができ、他の従業員も含めた良好な職場風土は、最終的に職場における生産性をより高めることにつなげられます。

③納得感のある評価制度設計
…マイノリティ層に対して過度に評価を上乗せするのではなく、上記のような業務上必要な配慮は行いつつも、どの従業員も公平に評価を行う制度設計が求められます。ただしスキルや経験を積む機会の提供は性別や年齢、国籍、人種などによらず平等にすることが大切です。
具体的には、従業員の価値貢献や成長段階を適切に捉えられる人事制度設計と運用が重要です。その方法として、「役割の拡大と深化」があげられます。複数の役割を担いキャリアの幅をもたせること(拡大)と同じ業務でも安定したクオリティでこなせるようになること(深化)は、長期目線で従業員にとってのキャリア上の価値をつくります。このような複数の役割を担う機会と深化するチャンスを会社が提供することで、組織力を高めながらも個人が一つの役割に依存せずに、成長実感を得られるキャリアを築いていくことができます。(役割貢献制度については過去コラム参照) 

今回のコラムは、DE&I推進までの歴史から現在のDE&I疲れ、そして企業に求められる真のDE&I推進の対応について解説しました。
少子高齢化社会の日本の労働市場では、女性や高齢者、外国人、障がいを持つ人など多様な層の活躍が欠かせません。ただしこのような過度な配慮を行い、数値目標の達成のためだけに過剰な配慮や評価をすることではなく、状況や能力に応じ誰もが同様に力を発揮できるように必要な支援と機会の提供は行いつつも、どの従業員も公平に評価を行うことが大切です。そして、そのような自然発生的なDE&I意識の組織内の浸透こそが、企業にとっても生産性の向上につながります。

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