もくじ
2025年6月、改正労働安全衛生規則が施行され、事業主において職場の熱中症対策が義務化されます。事業主には熱中症のおそれがある労働者を早期発見し、連絡できる体制を整備することや、応急措置や医療機関への搬送などの手順を事前に作成し、周知することも求められました。この義務化に伴い、罰則規定も設けられているため、企業は早急な対応を求められています。
本コラムでは、熱中症が労災認定される基準の他、今回の改正に伴い企業にはどのような対策が義務付けられているのか概要と対策にあたっての注意点を解説していきます。
熱中症とは
熱中症とは、高温多湿な環境下において、体内の水分・塩分のバランスが崩れたり、発汗による体温調節などがうまくできなくなり、体内に熱がこもったりするなどで発症する障害を指します。
症状としては、めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・意識障害・痙攣・手足の運動障害などが挙げられます。
屋外だけでなく、室内で何もしていない時でも発症することがあります。
熱中症の労災認定基準と災害死傷者数の推移
厚生労働省の調査によると夏季の気温は上昇傾向にあり、令和5年の職場における熱中症の災害発生件数は1,000人、死傷者数も30人を超え増加の一途をたどっています。また、熱中症による災害は他の労働災害と比較して死亡災害に至る割合が5-6倍となり、重篤化しやすい災害となっております。熱中症による死亡災害は発見の遅れと初期対応の不備によっておこるケースが大半となっているため、事業主には熱中症の発症者の症状重篤化・死亡に至らせない適切な対策が特に求められています。
※厚生労働省 令和5年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確報)より作成
労災認定基準
なお、業務中や通勤中に熱中症となった場合、労災となるのでしょうか。また、認定されるためにはどのような要件が必要なのでしょうか。基本的には以下の通り、業務上の因果関係があることが重要であり、さらに熱中症の発症が医学的に認められていることが必要となります。
・業務上の因果関係(業務遂行性、業務起因性)
熱中症が業務に起因していること、作業環境が劣悪、適切な対策が講じられていない等が特定できること、従業員の個別事情による要因で熱中症となった場合は労災認定されません。(持病の悪化や寝不足、自宅内の環境など)
①一般的認定要件:熱中症の発症が業務に起因している
1)業務上の突発的またはその発生状態を時間的・場所的に明確にできる要因の存在
2)原因と症状の因果関係が認められる
3)業務を要因としない要因で発症したものではない
②医学的診断要件:熱中症の発症が医学的に認められる
1)作業条件、温湿度条件
2)熱中症にみられる症状と体温の測定
3)作業中に発生した意識障害との識別
義務化の概要
この改正により、以下の措置が事業者に義務付けられます。
1)熱中症を生ずるおそれのある作業*1を行う際に、
「熱中症の自覚症状がある作業者」「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
2)熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、
①作業からの離脱
②身体の冷却
③水分・塩分の補給
④必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせる
⑤事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等の整備
など、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置に関する内容や実施手順を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
*1熱中症を生ずるおそれのある作業とは? |
*2WBGT(暑さ指数)とは? 人体と外気との熱のやりとりに着目した指標で、影響の大きい①湿度②日射・輻射③気温の3つを取り入れた指標。28度を超えると熱中症の危険性が高い。 暑さに強い人(暑熱順化者)と体力の低い人や肥満の人等の暑さに弱い人(暑熱非順化者)とでWBGT値の目安値が異なる。 以下の身体作業強度によってWBGT基準値を超えないよう留意し、超える場合は冷房等でWBGT基準値の低減や身体作業強度の低い作業に変更するようにするとよい。 |
※厚生労働省マニュアル「職場における熱中症対策の強化について」より
違反時の罰則
企業が上記の熱中症対策を怠ると労働安全衛生法22条違反として事業主または代表者に「6か月以下の懲役または50万以下の罰金」が適用されます。
企業に求められる対応
では、今回の法改正に伴い事業者にはどのような対応が求められるのでしょうか。義務化の概要をもとに以下の三点が挙げられます。
1.報告体制の整備
従業員が熱中症の初期症状を訴えた際に迅速に社内共有報告できる体制整備のため、担当者、連絡先、報告手順をあらかじめ定めておく必要があります。
職場の巡視やバディ制、デバイスの活用などで労働者の状況を定期的に把握でき、仕事中の異常を迅速に伝えることのできる体制も整備するとよいでしょう。
2.実施手順の作成
熱中症疑いのある労働者がいた場合、症状を重症化させないための必要な措置の実施手順を定めて文書化します。そのほか、毎朝のWBGT(暑さ指数)の測定や作業スケジュールの調整方法(時間帯や休憩頻度)も整備するとよいでしょう。
熱中症対応の実施手順 |
具体的手順 |
①作業からの離脱 |
暑熱環境から離れるよう指示する手順の整備 |
②身体の冷却 |
涼しい場所への移動、衣服を緩める、保冷剤等で首やわきの下を冷却 |
③水分・塩分の摂取 |
意識がある場合、水分や塩分を含む飲料、塩飴を摂取させる。 |
④医療機関への搬送、医師の診察 |
必要に応じて医療機関へ搬送し、医師の診察へつなげる |
⑤緊急連絡網の整備 |
緊急連絡網を使って速やかに必要な関係者に連絡する手順の整備 |
3.関係者への周知
以下のような全従業員に対する定期的な教育や説明会の実施、手順や連絡体制の周知が必要となります。従業員への周知が徹底されていることで、自身の健康管理への意識が高まるだけでなく、他の従業員が熱中症となった際に迅速に対応することにつながります。
・熱中症対策講習
・管理者向けのリーダー教育
・会議室や休憩所などのわかりやすい場所へのポスター掲示物による注意喚起
・eラーニングを活用した教育履歴のデジタル管理など
今回は職場の熱中症対策義務化の概要と、義務化に対応して事業者に必要となる対策について解説しました。熱中症対策においては企業の事業特性や風土によって適した対策は異なるため、事業の実態に合った労務管理に精通した専門家に相談するとよいでしょう。
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