もくじ
日本の労働力人口は2024年に過去最高の6,9571万人を記録し、労働力率は63.3%と過去最高となりました。そして、女性の労働参加も大きく進み労働力率は55.6%と過去最高を記録しました。この女性就業率の高さと共働き世帯の増加からも、子育てをしながら働く女性労働者が増えています。
※厚生労働省「労働力供給の動向」より「労働力人口および非労働職人口の推移」
※厚生労働省「労働力供給の動向」より「男女別・年齢階級別労働力率の推移」
このような育児を行う女性労働者に与えられる権利として、「育児時間」があげられます。「育児時間」は労働基準法に定められた権利であり、企業に取得させる義務が課せられているものの、その認知がとても低く、企業側も労働者側も存在すら認識していなかったり、その制度自体周知されていなかったりするのが現状です。
今回のコラムでは育児時間についての概要と、根拠としている労働基準法で制定されるまでの歴史を解説し、この育児時間をとりまく労働基準法の改正について、ケアの倫理の視点から考えを述べていきます。
育児時間と関係法令
「育児時間」とは、育児を行うために労働者が請求できる休憩時間のことで、使用者(企業)は育児時間を付与する義務があります。
具体的には、1日2回各30分以上の育児のための休憩時間を与えることが必要です。
そして、育児時間は「労働基準法第67条」に定められています。
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第67条
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対象者と条件
育児時間を取得できる対象者は1歳未満の子を育てる女性労働者です。雇用形態によらず、すべての女性労働者が対象となります。
現在の法律では対象者は女性労働者のみですが、企業の定める就業規則によっては男性労働者も請求できる可能性があります。
企業は対象者が育児時間を請求した場合、その権利を付与する義務があります。
取得可能時間は原則1日2回、各30分以上の育児時間となりますが、労働時間が4時間以下の場合は1日1回30分の育児時間が付与されます。
制度成立の背景と歴史
では、育児・介護休業法における各種制度の成り立ちは過去のコラムで言及しましたが、労働基準法の「育児時間」の成り立ちについてはあまり知られていません。
この制度はどのような経緯で成立されたのでしょうか。
「育児時間」は労働者保護の法律として成立した「改正工場法」において初めて規定されました。「工場法」は、産業革命や資本主義の発達などに伴い、工場で働く賃金労働者が急増し、長時間労働が問題となっていたことを理由とし、労働環境改善のため制定されました。当時は産業革命に伴い繊維産業を中心とした工場制工業が発展し、特に繊維産業部門では子どもを育てる労働者を含む多くの女性労働者が働いていました。特に乳児を育てながら働く女性労働者は、長時間労働等の劣悪な環境から乳児の健康への悪影響が社会問題となっていました。その社会問題を踏まえ、1923年「改正工場法」において、育児時間が初めて規定されました。ただし、当時は母乳による「哺育時間」という名称で使用者の努力義務としていました。
その後、1947年に「労働基準法」が成立し、第67条に正式に「育児時間」は法制化されました。当時は「母体の保護」と「乳児の栄養確保」を目的として「育児時間」が制定されました。制定当時は粉ミルクの普及がなく、衛生状態もよくなかったため、母親が授乳することが乳児の生死にかかわる問題となっていたことが背景とされています。このように、育児時間制度は子どもの生命維持と尊厳のために制定された制度として現在にいたるまで長きにわたり存続しています。
このことから、「育児時間」は工場法制定時代に子育てをする女性労働者の声から生み出され、母体の健康のためだけでなく、子どもの尊厳や未来を守るために成立した制度です。なお、現代では「育児時間」は授乳のためだけでなく、保育園の送り迎えや病院の送迎、看病等子どものケアのため等幅広い目的により使用することができる制度としています。
制度運用時の注意点
企業が「育児時間」制度を運用する時は以下に注意するとよいでしょう。
・制度の周知と理解促進
従業員の多くは「育児時間」の存在を知っていないことから、まずは企業の担当者が制度を正しく理解し、周知することが大切です。
また、周知をする際は、育児時間は法的権利であり、請求をすれば利用が可能であること(会社に拒否権がないこと)や時短勤務との併用の可能性等の業務の実態を考慮して実際の運用のルールを定めておくとよいでしょう。
・対象者が利用しやすい職場環境の整備
対象者が普段より育児時間制度を利用しやすい職場風土づくりを行うことは、とても重要です。そして、制度利用する従業員だけでなく、全従業員が働きやすいと思える職場環境や風土を普段から作ることが大切です。
例えば、従業員が育児に関する制度を利用することで、周囲の従業員の負担が増大することを考慮し、事業主は普段より業務配分の見直しや業務効率化を行い、日ごろから従業員同士が業務をカバーできる体制を整備することが大切です。また、普段より従業員が仕事と育児の両立において悩んだ時に、自発的に相談しやすいよう相談窓口を活用していくことも求められます。相談窓口の設置にあたっては労務管理に精通した外部の専門家の知見をもとに整備する等外部窓口の設置もよいでしょう。
ケアの倫理と労働法の真価
また、「育児時間」は過去のコラム(①・②)で解説した「ケアの倫理」を重視した制度です。ケアの倫理においては特定の状況や他者との関係性を重視し、ケアすべき人がいれば特別に配慮すべきという考えを重視しています。「育児時間」の法制化までの歴史からも、「育児時間」においては乳児を「ケアすべき存在」としてとらえ、子どもの尊厳や未来の保護のために成立した背景があります。労働基準法をはじめとした法令は、一般的に公平性や普遍的ルールを重視し、人工的につくられた法的拘束力を加えるもの(実定法)が多くとらえられがちですが、「育児時間」のように「ケアの倫理」の視点を取り入れ整備された制度が長きにわたり存在していることからも、「公平性のために制限による人工的につくられた法」だけでなく、「個人の尊厳や自由を守るために自発的につくられた法(自然法)」も重要な役割を果たします。
そして、今後の日本の労働市場においてはこの「ケアの倫理」を重視し、多様な背景をもった人々を個人として配慮し、協同してコミュニケーションをとりながら働く労働環境づくりがより一層求められるといえましょう。
昨今はコスパなどの効率性を重視した画一的なルールによる法的拘束ばかりに目がいきがちですが、これからは規則で縛るだけでなく、組織や人間心理を考え個人の自由・尊厳を守ることも重視していく「一見非効率なこと」が組織の信頼を築き、組織の資産になるため、大きな生産性を生み出す源泉になるとプラットワークスは考えています。
よって、この視点をとらえて整備された「育児時間」制度が長きにわたり存在していること、労働契約法の安全配慮義務、労働安全衛生法の精神的健康への配慮などの法制化から、労働の法整備においても個人的配慮や人間関係の維持といった考え方である「ケアの倫理」の視点の重要性を示唆しており、これからますます重視されていくといえましょう。
2026年労働基準法改正の影響
2026年に労働基準法の数十年ぶりの改正が注目されていますが、育児をしながら働く労働者の労働環境にも影響があると予想されます。改正に伴う「育児時間」制度に関して直接的な影響はありませんが、例えば連続11時間の勤務間インターバル制度の義務化や連続勤務の上限規制などが想定されており、これらは子育て世代の労働者にとってより働きやすい環境整備が整う改正につながるといえます。
今後は、事業主にとって、メンタルヘルス対策や働きやすい職場環境づくりといったソフト面での仕組みづくりがより求められ、実際に労働者や社会からもそのような取り組みがされている企業が評価されつつあります。このような仕組みづくりにおいては、事業特性や組織風土に合った形で制度に実装できる、労務に精通した専門家のサポートが不可欠です。
プラットワークスでは社内の規定改定のご支援や人事労務アドバイザリー業務をおこなっており、日常的な労務管理に関するご相談から、このような例外的な労務問題にいたるまで、幅広い労務相談に対応しております。判断に迷った時はぜひ弊法人にご相談ください。
そして、弊法人は「メンタルヘルス対策」の一環として、「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlaTTalksを運営しております。職場における心身の健康に不安を感じている従業員にとって、相談することで心の負担を軽くするプラットフォームとして活用いただくことができます。
PlaTTalksではカウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、職場環境に問題がある場合は相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。




