もくじ
組織において人事評価後の従業員から生まれる感情は様々です。人事評価の際に満足いく評価をもらった場合にポジティブな感情を抱く一方で、本人にとって納得いかない評価をされたときに、従業員は不満、悲しみ、怒りなどの負の感情を抱きます。
アデコグループによる人事評価制度に関する意識調査によると、62.3%の人が勤務先の人事制度に対して不満をかかえていることがわかりました。不満に感じる理由としては「評価基準が不明瞭」、「評価のばらつきに対する不公平感」、「評価結果のフィードバック、説明が不十分」等が上位にあげられました。
【人事制度に不満を感じる理由】
※アデコグループ「人事評価制度に関する意識調査」2018 より
このような不公平感や曖昧さに起因する負の感情は放置すると、従業員のメンタルヘルス疾患の原因となり、離職につながる可能性があります。これは従業員個人にとってはもちろん、組織にとっても人材流失という大きなリスク要因となります。
人事評価制度で生じる負の感情とは
では、評価制度で生じる「負の感情」とはどのようなメカニズムで生じ、対処しているのでしょうか。「負の感情」は、不快感や苦痛を伴い、個人に対してネガティブな影響を与える感情をさします。具体的には以下のような負の感情があります。
・怒り:不公平な扱いを受けたり、自分の権利が侵害されたと感じたりした時に感じる攻撃的感情
・悲しみ、苦しみ:喪失や失望、目標が達成できなかった時に生じる感情
・不安、恐怖:将来の危険や不確実な状況に対して生じる感情
・嫉妬、羨望:他者の成功や所有物を欲し、自分と比較し劣っていると感じる感情
・罪悪感、羞恥心:社会的規範や道徳的規準に反した行動をとった時や自分の欠点を認識した時に生じる感情
・苛立ち、焦り:状況が思い通りすすまないことへの不満や時間への切迫感から生じる感情
負の感情に支配されたまま放置していると、負の感情を抱く本人が苦痛や不快を感じるだけでなく、判断力や集中力の低下に伴う業務上でのパフォーマンスの低下や、メンタルヘルス疾患になるリスク(メンタルヘルス疾患による経済的損失については過去コラム参照)があげられます。
また、時としてチームを巻き込むミスや他者への攻撃的行動などによって、職場の心理的安全性の低下などにもつながる可能性があるため、組織においても重大な損失となりえます。
負の感情が生み出されるメカニズム
負の感情が生まれる過程として単なる出来事から感情がわくのではなく、その出来事に対しての「認知」というフィルターが挟まることで感情が決定されるとしています。代表的なメカニズムとして「認知評価理論」があげられます。
1)認知評価理論(Cognitive Appraisal Theory)
認知評価理論とは感情の発生において「出来事」に対して個人がどう解釈・意味づけするかによって、感情が決定するという考え方です。人がストレスを感じるときの仕組みを分析したもので、心理学者のラザルスらによって提唱されました。
具体的には以下のステップを経て感情が決定します。
①ステップ1:出来事(Event)
感情を引き起こすきっかけとなる外部の出来事(ストレッサー)が発生します
②ステップ2:第一次評価(Primary Appraisal)
その出来事が自分にとってどのような意味をもつかを瞬時かつ無意識に評価します
・無関係…自分とは関係のない出来事である
・肯定…自分にとって利益や挑戦となる出来事である
・脅威、損失…自分にとって目標や価値、幸福が損なわれる出来事である
③ステップ3:第二次評価(Secondary Appraisal)
出来事に対処されるかどうか自分のリソース(対処能力)を評価します
・対処可能…自分に状況を変える力がある、助けを求められる人がいる→不安・怒りの低減
・対処不可能…自分にこの問題を乗り越える能力がない→不安、絶望、無力感(負の感情)
【負の感情が生じるメカニズム:認知評価理論の3ステップ】

防衛機制と成熟度による分類
2)防衛機制
また、防衛機制とは不安や怒りなどの不快な感情から自分を守るために使用する心の働きで、負の感情と密接に関連しています。負の感情が生じたあとの対処法として挙げられます。
防衛機制:受け入れがたい衝動や感情、危険な状況に直面した時に、それによる不安や苦痛を軽減し、精神的な安定を保とうとする無意識の心の働き
防衛機制には様々な種類の防衛機制があげられます。防衛機制は短期的な心の安定に役立ちますが、その種類や使用頻度によっては未熟な防衛として心身の不調や対人関係のトラブルにつながるおそれがあります。一方、成熟度の高い防衛機制(昇華など)については多く使う人ほど人生の満足度が高いとされ、適切に防衛機制を使用することができる人は負の感情もうまくコントロールできるといわれています。
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防衛機制 |
働き |
具体的な例 |
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否認 |
受け入れがたい現実や事実そのものを認めない |
医師に深刻な病気を宣告されても、「そんなはずはない」と否定する |
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退行 |
受け入れがたい状況に直面した時に前の発達段階に戻り幼い行動をする |
入院で不安を感じると突然泣き出して助けを求める |
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投影 |
自分の受け入れがたい感情や欠点を、他人のものとして見なす |
自分がAさんを嫌っているのに、「Aさんが自分のことを嫌っている」と思い込む |
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抑圧 |
不快な感情や記憶を無意識の中に閉じ込めて、意識に上がらないようにする |
過去の辛いトラウマ体験を思い出せないようにする |
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反動形成 |
受け入れがたい衝動や感情と正反対の行動を過度に強調する |
本当は嫌いな相手に対して、必要以上に丁寧に優しく接する |
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合理化 |
満たされない欲求や失敗に対して、もっともらしい理由や言い訳をつけて自分を納得させる |
欲しかった高価なものが買えなかったとき、「安物の方が使いやすいし、買わなくて正解だった」と思う |
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昇華 |
社会的に認められにくい感情や欲求を社会的に価値ある健全な活動に置き換える |
強い攻撃的な衝動を、格闘技やスポーツに打ち込むエネルギーに変える |
防衛機制の成熟度による分類は心理学者のヴァイアントにより公安され、具体的な成熟度の分類は以下の4つの段階に分けられます。
第1段階:病理的防衛機制
最も幼い段階にみられる防衛機制で、重度のストレス下や精神疾患の症状として頻繁にみられる。自分を守るために現実逃避に近い形での心の反応。
例)否認、歪曲(現実を歪曲してとらえる)
第2段階:未熟な防衛機制
主に子どもにみられる防衛機制で時に成人にもみられる。現実をある程度受け入れつつも感情の処理が未熟であり、対人トラブルの原因となりうる。ストレスに弱い時に現れることもある。
例)退行、投影、空想(問題に直面する代わりに妄想の世界に逃げ込む)
第3段階:神経症的防衛機制
日常生活で問題ない程度で成人にもよくみられる比較的普通とされる防衛機制。社会生活を維持するうえでもよく使われる。
例)抑圧、合理化、反動形成
第4段階:成熟した防衛機制
12歳以降で確立するとされ、感情を適切に処理しつつ、社会的にも建設的に作用する適応的な防衛機制。精神的健康を保つための意識的防衛機制で適応性や心理的健康に影響を与える。
例)昇華、抑制(自分の感情を意識的にコントロールする)、ユーモア(困難な状況において笑いなどで自他のストレスを和らげる)
負の感情を組織の活力に変えるために~役割の拡大と深化を実現する制度設計・負の感情への心理的支援~
人事評価制度の制度設計は、従来自己肯定感や自己効力感などのポジティブな感情に焦点を当てて設計されていることが多く、評価制度に伴う従業員の負の感情やその感情による組織への影響は軽視されがちでした。しかし、終身雇用制度が崩壊し転職者が増加し、人材不足が深刻となっている現代において、従業員の組織への信頼感や心理的安全性を確保していくことも重要です。そのため人事評価制度に伴う負の感情についても適切に対処していくことを想定した制度設計が求められています。
また、冒頭の調査結果からも、評価制度に対して負の感情が生まれる原因として、評価軸があいまいであることや、評価が主観的で不公平感がある、といった理由があげられました。そのため、従業員が納得できるような明確で客観的な評価基準を備えた人事評価制度づくりが重要です。
プラットワークスでは、「役割の拡大と深化」を実現する新しい人事制度「役割貢献制度」を提唱しています。この人事評価制度は従来の評価制度と比べ、「役割」という流動性のある概念を「拡大×深化」という二軸を用いた評価制度であるため、流動的な「役割」を軸にすることでジョブローテーションの慣習がある日本の組織風土にマッチしており、さらに評価軸が明確であるというメリットがあります。さらに、成果だけでなく成果に到達するための貢献度を段階的に設定することで、プロセス面の評価も可能になるため、的確な評価ができる制度になります。
弊法人では、人事評価制度を含め、事業主の事業特性や組織風土に合った働きやすい職場環境づくりのための制度構築支援を行っております。ぜひご活用ください。
しかし、人事評価制度をどれだけ綿密に設計し、運用がうまくいったとしても、実際の現場において従業員に負の感情は生じることは防げません。大切なのは、負の感情をなくすことではなく、不安や怒りなどの負の感情が生じたときに従業員自身が向き合いコントロールできるように支援していくことでしょう。このように人事評価により負の感情が生じたときに、評価から独立した専門職者に話を聴いてもらうことで、安心して相談し、不安や怒りなどの負の感情も抱え込まずに低減させることができます。
弊法人は「社会保険労務士」とメンタルヘルス面の支援にかかわる「公認心理師(臨床心理士)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlaTTalksを運営しております。PlaTTalksの活用により、従業員が負の感情を低減するだけでなく、カウンセリングを通した気づきにより、負の感情が生じたときに適切に認知し、対処できるように支援も受けることができます。
また、PlaTTalksではカウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、職場環境に問題がある場合は相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。
このように人事制度だけでなく、従業員の心の支援を合わせて行うことで、従業員自身が安心して働ける状態をつくりあげていきたいとプラットワークスは考えています。




