厚生労働省は2025年5月、「労働基準法における『労働者』に関する研究会」において現在労働基準法において定義されている「労働者の判断基準」(労働者性)が働き方の変化や多様化に対応できていないとして、判断基準のあり方の見直しを図るために有識者会議を設置しました。近年はプラットフォームワーカーの増加に伴い、現行の労働基準法で想定されていない働き方が増えてきたため、労働基準法の適用範囲や規制のありかたについて見直す必要性が高まっています。実態としては企業の指揮命令を受けている業務委託契約者のケースや、企業が社会保険料などの負担を逃れるために、本来雇用すべき人を請負契約としているケースも問題点として浮かび上がっています。
なお、現在の労働者の判断基準は昭和60年の労働基準法研究会報告において整理されたものを元にしていますが、今回の検討に伴い労働者性の判断基準が変わる場合、約40年ぶりの見直しとなり、日本の労働市場において大きな影響を及ぼす可能性があります。
では、労働者性とはどのようにして定義されたのでしょうか。根拠となる労働基準法をもとに背景を解説していきます。また、これからの日本の労働者性はどのように再定義されていくのか、考察していきます。
労働者性が定義されるまで
労働者保護の法規の始まりは、世界各国の工場、鉱山労働者の保護の問題が取り上げられたことに起因します。国際労働機関においても工場・鉱山労働の保護から始まり、そこから商業や事務労働者へと保護対象を広げ、広くあらゆる事業の労働者を保護することとなりました。日本もそれにならい、鉱業法(明治38年)、工場法(明治44年)による特定の労働者の保護からはじまり、あらゆる事業の労働者を保護する労働基準法の制定へと至りました。
労働基準法と労働組合法による労働者性の定義の違い
まず、そもそも労働者の定義はどのような基準にのっとっているのでしょう。「労働者」の判定基準については労働基準法と労働組合法ではその法律の目的にのっとり異なっています。例えば、労働基準法では職場における労働条件の最低基準を定めることを目的としているため、労働条件による保護を受けるための概念とされています。そのため、使用者との間において使用従属関係(使用者の指揮監督下にある)にあるのが労働基準法における「労働者」の定義となります。
一方、労働組合法では、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の立場を保護することを目的としているため、「労働者」の定義が広く、使用されるという要件がなく失業者も含むという違いがあります。
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労働基準法 |
労働組合法 |
定義 |
職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者(第9条) |
職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者(第3条) |
判断基準 |
労基法第9条の事業に使用される者であるか否か、その対償として賃金が支払われるか否かによって判断。 |
労働組合法上の労働者性の判断基準1をもとに、2と合わせ総合判断。ただし、3が認められる場合、労働者性が否定され得る。 |
なお、労働基準法における労働者性の有無の基準は「使用される=①指揮監督下の労働」という業務提供の形態および、「報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価であるかという②報酬の労務対償性」から判断されます。
過去のコラムで記載した通り、以下の判断基準をもとに判定されます。
1.指揮監督下の労働である(使用従属性がある)
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
使用者の具体的な仕事の依頼や指示等に対して、引き受けたり、断ったりする自由を有していれば、他人に従属して労務を提供するとは言えず、対等な当事者間の関係となり、指揮監督関係を否定する重要な要素となります。
反対に、具体的な仕事の依頼、業務従事の指示に対して、拒否する自由を有しない場合、指揮監督関係を推認させる重要な要素となります。
②業務遂行にあたっての指揮監督の有無
業務の内容及び遂行方法について使用者の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素です。しかし、通常注文者が行う程度の指示などでは指揮監督を受けているとは言えません。そのほか、使用者の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合、使用者の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となります。
③勤務場所および勤務時間に関する拘束の有無
勤務場所及び勤務時間が指定され管理されていることは一般的に指揮監督関係の要素といえますが、業務の性質や安全確保の観点から指定される場合は、業務の性質か、指揮監督命令によるものかを見極める必要があります。
④労働提供の代替性の有無
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められているか、また、本人が自らの判断によって、補助者を使うことが認められているか、労務提供に代替性が認められているかは、労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素のひとつとなります。
2.賃金を支払われる者である(報酬の労務対償性がある)
労働基準法第2条において、賃金の定義として「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」とされている通り、賃金であるためには労働者である必要があるため、使用従属関係におかれているものが賃金を支払われていればその者は「労働者」と定義できることとなります。
その他、補強する要素として、事業者性の有無(機器器具の負担関係、報酬の額)や専属性の程度等が用いられ、総合的に判断されます。
※厚生労働省「令和7年3月11日第195回労働条件分科会資料2」より
労働者性の今後の方向性について
厚生労働省の検討会によると、「現在使用されている判断基準ではわかりにくく予見可能性が低い」、「プラットフォームワーカーのような労働者と個人事業主の区別だけでなく、研修医、訓練生など教育と労働の区別などの労働者性の問題についても定義すべきだ」といった声があがっています。また、労働者性判断の具体的手法として「労働者性判断のチェックシート作成などを行うこと」、また「働く人が自分で労働者性について認識し相談や支援を受けられるような仕組みづくりも必要だ」などと議論されています。
欧州では約10年前から、プラットフォームワーカーの労働者性が問題視され、2024年には欧州議会採択のプラットフォーム労働指令によってプラットフォームワーカーの労働者性を正式に認め、労働法の規制を適用するはこびとなりました。日本でもAmazonの配達員やウーバーイーツの配達員など機械器具等の負担が少なく、実質的な使用従属関係のみられる労働形態など、従来労働者性を有すると判断される個人事業主の働き方が増えてきているため、今後の日本でも欧州にならい、このような個人事業主について労働者性を認める明確なガイドラインが制定されると考えています。
一方で、一部の個人事業主について労働者性の明確な基準が定められることで、自律した働き方を求める個人事業主にとって、労働法規による過剰な管理・保護体制への反発が起こる可能性もあります。
このように働き方が多様化し、またフリーランス新法の制定などで個人事業主がより働きやすくなる環境整備が進む現代においては、個人事業主と取引を行う企業側も「労働者性」の判断基準の動向に注視していくことが求められます。
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人事労務アドバイザリー - プラットワークス|社会保険労務士法人プラットワークス|東京都 千代田区 大阪市|社労士法人 社労士事務所
制度構築 - プラットワークス|社会保険労務士法人プラットワークス|東京都 千代田区 大阪市|社労士法人 社労士事務所
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Plattalks - 社会保険労務士法人 プラットワークス - 東京都千代田区・大阪市北区の社労士法人 (platworks.jp)