「怒り」は二次感情である ~ハラスメント防止の前に知っておきたい、感情の構造とアンガーマネジメント~

職場でのハラスメントは、企業にとって避けて通れない課題のひとつです。
改正労働施策総合推進法により、職場におけるパワーハラスメント防止措置が、2020年6月から大企業に、2022年4月から中小企業にも義務化されました(*1)。企業には、方針の周知や相談体制の整備、問題が起きた際の迅速な対応などが求められています。

しかし、制度を整えるだけで、全てのハラスメントを防げるわけではありません。日々の仕事では、ちょっとした行き違いや感情的な反応が、対人トラブルやハラスメントに発展することがあります。

その背景にある感情のひとつが「怒り」です。私たちは腹が立った時、つい「相手に怒っている」と考えがちですが、その奥には不安や傷つき、焦りなど別の気持ちが隠れていることがあります。

今回のコラムでは、こうした怒りの仕組みとアンガーマネジメントの基本を整理し、部下への関わりやハラスメント予防にどう活かせるのかをご紹介します。

「怒り」は感情のなかでも特別な位置づけ

感情には喜び・悲しみ・怒り・恐れ・驚き・嫌悪などさまざまな種類がありますが、怒りは他の感情とは少し異なる性質をもっています。
そのひとつが、行動として表れやすい性質です。怒りは、声を荒げる、物に当たる、相手を非難するといった形で行動に表れることがあります。そのため、表し方によっては周囲に大きな影響を与え、対人関係のトラブルにつながりやすい側面があります(*2)

一方で、怒りは行動を起こすエネルギーにもなります。理不尽な状況に声を上げる、自分の権利を守るためにNOと言う、組織の問題を変えようとする――そうした場面では怒りが力になることもあります。

大切なのは、怒りそのものを悪いと考えないことです。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会によれば、アンガーマネジメントの目的を「怒らないこと」ではなく、「怒る必要のあることは適切に怒り、怒る必要のないことは怒らなくて済むようになること」としています(*3)。
つまり、問題になるのは怒りそのものではなく、怒りをどう表すか、怒りの背景に何があるのかです

怒りが「二次感情」とされる理由

心理学では、怒りを「二次感情(Secondary Emotion)」と位置づけることがあります(*4)。
二次感情とは、別の感情(一次感情)をきっかけに生まれる感情のことです。怒りの直前には、しばしば別の感情があります。不安や傷つき、恥、疲弊といった感情がうまく言葉にならないまま、「怒り」として表に出てくることがあるのです(*4)。

たとえば、部下がミスを繰り返したとき、上司の内側ではこんな感情の流れが起きていることがあります。

「また同じミスをされた」
⬇︎
(内側で)自分の指導が伝わっていないのかもしれない」「責任を問われるかもしれない」「不安だ、情けない」
⬇︎
(外側に出てくるのは)「なんで何度言ってもわからないんだ!」という怒り

表面に現れているのは怒りですが、その奥には、不安や焦り、傷つき、恥、失望といった感情があることがあります。そのため、怒りだけを抑えようとするのではなく、「自分は本当は何を感じているのか」に気づくことが、怒りを扱ううえで大切になります

一次感情の種類と、職場での具体例

怒りの背景にある一次感情は、人によってさまざまです。職場では、例えば次のような感情が怒りの引き金になることがあります。

①不安・恐れ ――「うまくいかないかもしれない」「評価が下がるかもしれない」という感覚。
【例】部下のミスに怒鳴る上司の背景に、
プロジェクトへのプレッシャーや評価への不安がある。

②傷つき・悲しみ ――「自分の努力や気持ちをわかってもらえなかった」という感覚。
【例】「こんなに頑張っているのに誰も認めてくれない」
という思いが積み重なり、些細なきっかけで爆発する。

③恥・プライドの傷つき ――「みっともないところを見られた」「能力を疑われた」という感覚。
【例】会議中に意見を否定され、後から怒りとして再燃する。

④疲弊・限界感 ――「もう限界だ」「誰もわかってくれない」という消耗感。
【例】慢性的な過重労働が続くなか、
些細な出来事で激しい怒りが噴き出す。

⑤不公平感 ――「自分だけが割を食っている」「正当に扱われていない」という感覚。
【例】評価への不満が、同僚や部下への怒りとして向かう。

これらに共通しているのは、「弱さ」「痛み」「もろさ」を含んでいるという点です。そうした感情を自覚し、言葉にできる人は多くはありません。だからこそ、より「強く見える」怒りに変わって外に出てしまうのです(*4)。

怒りが「ハラスメント」に発展するメカニズム

怒りそのものが問題なのではなく、それが「うまく扱われない」ときにハラスメントへの入口になります。そのプロセスは次のように整理できます(*5)。

特に見落とされがちなのが③感情の投影です。自分の内側にある不安や恥に気づいていないと、「あいつが悪い」「あいつのせいだ」という思い込みが起きやすくなります。「自分は正しいことをしている」という確信のもとでハラスメントが行われるのは、まさにこのためです。

加害者の多くが「そんなつもりはなかった」と言うのも、この流れから来ています。ハラスメントとは「悪い人間だけがするもの」ではなく、感情が適切に扱われず、さらに立場や権限の差がある関係の中で行動化されたときに起こりうるものです(*1・*5)。だからこそ、個人の意識改革と同時に、組織の構造にも目を向けることが重要になります。

アンガーマネジメントとは何か

アンガーマネジメント(Anger Management)とは、怒りと上手につき合うための心理教育・心理トレーニングです。
1970年代にアメリカで生まれ、当初は更生プログラムとして活用されていましたが、現在では企業や学校など幅広い場で取り入れられています(*3)

公認心理師・長縄史子氏の著書『怒りで後悔しない アンガーマネジメント・プログラム』(星和書店)では、怒りによるパワハラや人間関係のもつれを防ぎ、毎日をより気持ちよく過ごすための方法が丁寧に書かれています(*6)。同書が伝えるのは、「怒らない人になるのではなく、怒りで後悔しない自分になること」です。
怒る必要のあることは上手に怒れる、怒る必要のないことでは怒らなくて済む。感情を押し込めるのではなく、怒りと自分なりに折り合いをつけることが本質です。

また同書では、まず自分の怒りの癖に気づくことが変化の第一歩」だとされています。貧乏ゆすりの癖を自覚していない人は直しようがないのと同じで、怒りの癖も、気づいてはじめてコントロールできるようになります(*6)。

アンガーマネジメントの3つのコントロール

アンガーマネジメントでは、衝動」「思考」「行動の3つをコントロールすることを目指します(*7)。

①衝動のコントロール ―― まず「6秒
怒りのピークは最初の6秒間とされています(*7)。この間に反射的な言動をとると、後悔につながりやすくなります。カッとなった瞬間にまず6秒をやり過ごすことが、出発点です。

ただし、「わかっていてもできない」という声はよく聞かれます。そういうときは、頭の中で数えるより、身体を動かすほうが効果的です。「コップの水をゆっくり飲む」「席を立って窓の外を30秒眺める」「ゆっくり深呼吸を3回する」――こうした小さな動作を挟むだけで、意識が怒りから離れ、落ち着きを取り戻しやすくなります。

②思考のコントロール ―― 「べき思考」「三重丸」を知る
怒りの多くは、「べき思考」(〇〇すべきだ、〇〇であるべきだという価値観)と結びついています(*6)。「報告は必ずすべきだ」「時間は守るべきだ」――価値観自体は間違いではありませんが、許容範囲が狭すぎると些細なことで強い怒りが生まれやすくなります。

思考をほぐすのに役立つのが「三重丸(許容の輪)」という考え方です。自分の「べき」を中心(内円)に置き、その外側に「自分とは違うが許容できる範囲(中円)」、さらに外側に「どうしても許せない範囲(外円)」を設けます。多くの怒りは、本来「中円」に収まる出来事を「外円」として受け取ってしまうことで生じます。「これは本当に外円の出来事か?」と一度立ち止まるだけで、気持ちが落ち着くことがあります(*7)。

また「許せることか・許せないことか」「変えられることか・変えられないことか」「自分にとって重要か・重要でないか」という3つの問いで出来事を整理することも有効です(*7)。怒りを感じた出来事の多くは、「変えられないこと」や「さほど重要でないこと」だと気づけることがあります。

③行動のコントロール ―― 怒りを「上手に伝える」
怒りをゼロにすることはできません。問題は怒りの存在ではなく、どう伝えるかです(*6)。行動のコントロールでは、感情的にならずに自分の気持ちや要望を相手に届けるスキルを身につけます。

「なんでできないんだ!」ではなく、「この部分がうまくいっていないので、こうしてほしい」という形で伝えること。相手を傷つけずに、自分の意図をきちんと届ける言い方を練習することが目標です。

管理職・組織が取り組めること

①アンガーマネジメント研修を取り入れる
怒りの二次感情の仕組みと、「衝動・思考・行動」のコントロールを管理職研修に組み込むことが有効です。「感情の話を職場で?」と抵抗を感じる方もいますが、感情を表に出してはいけないという空気こそが、ハラスメントのリスクを高めています。パワハラ防止・メンタルヘルス対策・職場の雰囲気改善を一度に考えられる研修として、アンガーマネジメントは取り組みやすい入口になります(*7)。

②上司が弱音を吐ける場をつくる
1on1ミーティングやカウンセリングなど、「不安や疲れを言葉にできる場」を仕組みとして用意することが大切です。一次感情を安全に吐き出せる場があれば、それが怒りに変わる前に手を打てます。
特に経営層・管理職は「相談できる相手がいない」という孤独感を抱えがちです(プラットトークスへのご相談でも頻繁に聞かれる声です)。立場が上になるほど弱みを見せにくく、感情が溜まりやすい環境にあることを、組織全体で意識する必要があります。

ただし、ひとつ大切な線引きがあります。上司が感情を吐き出す相手は、部下ではなく、対等な立場の誰かや外部の専門家であるべきです。部下は上司の感情の受け皿ではありません。上司が不安や疲弊を部下にぶつけたり、無意識に「わかってほしい」と求めたりすることは、それ自体がハラスメントになりえます。感情の置き場所を「適切な場」に向けることが、職場の心理的安全性を守る上で欠かせません。

③評価制度をわかりやすくする
不公平感は、職場における怒りのもっとも大きな火種のひとつです(*8)。評価の基準が曖昧だったり、フィードバックがなかったりする環境では、「自分だけが損をしている」という気持ちが積み重なりやすくなります。納得できる評価の仕組みと、具体的なフィードバックの習慣が、感情の安定につながります。

④外部の相談窓口を活用する
怒りの問題は、当の本人が気づきにくいことが多くあります。外部の臨床心理士・公認心理師に話すことで、「なぜ自分はこんなに怒るのか」に気づき、少しずつ変わっていけるケースは少なくありません。

ここで大切なのは、怒りがハラスメント(法的な問題)に発展する前に、その根っこにある一次感情(心の問題)にアプローチするという視点です。プラットトークスは「社会保険労務士(法)」と「臨床心理士・公認心理師(心)」が一緒に動く体制をとっており、心のケアと職場の制度改善を同時に進めることができます。ハラスメントの加害・被害どちらの立場にある方にとっても、この「法と心の両方から支える」サポートが力になります。

まとめ

怒りは、ただ抑えればよい感情ではありません。その奥には、不安や傷つき、焦り、疲れといった一次感情があるのです。
アンガーマネジメントは、怒りとうまく付き合えるようになるための方法です。

こうした考え方を知っておくことで、自分自身の感情を整えやすくなり、部下への関わり方や職場での対人トラブルの対応にも活かすことができます。さらに、組織としてこうした知識を共有しておくことが、ハラスメントの予防にもつながります。

プラットトークスでは、臨床心理士・公認心理師によるオンラインカウンセリングを通じて、こうした感情の整理や対人関係の悩みなど、様々な相談に対応しています。また、社会保険労務士とも連携し、心の面だけでなく、職場の制度や労務の面からもサポートしています。

組織のハラスメント対策と合わせて、ぜひご活用ください。

参考資料

*1 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

*2 Carver, C. S., & Harmon-Jones, E.(2009)“Anger Is an Approach-Related Affect: Evidence and Implications.” Psychological Bulletin, 135(2), 183–204.
https://doi.org/10.1037/a0013965

*3 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会「アンガーマネジメントとは?」
https://www.angermanagement.co.jp/about

*4 Greenberg, L. S.(2010)“Emotion-Focused Therapy: A Clinical Synthesis.” FOCUS, 8(1), 32–42.
https://doi.org/10.1176/foc.8.1.foc32

*5 Douglas, S. C., Kiewitz, C., Martinko, M. J., Harvey, P., Kim, Y., & Chun, J. U.(2008)“Cognitions, Emotions, and Evaluations: An Elaboration Likelihood Model for Workplace Aggression.” Academy of Management Review, 33(2), 425–451.
https://doi.org/10.5465/amr.2008.31193490

*6 長縄史子(著)『怒りで後悔しない アンガーマネジメント・プログラム』星和書店(2025)
https://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo05/bn1112.html

*7 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会「アンガーマネジメント応用講座」
https://www.angermanagement.co.jp/seminar/98296

*8 Qin, G., & Zhang, L.(2022)“Perceived overall injustice and organizational deviance—Mediating effect of anger and moderating effect of moral disengagement.” Frontiers in Psychology, 13, 1023724.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1023724

関連サービス

人事アドバイザリー

日常的な労務管理に関するご相談から、例外的な労務問題にいたるまで、幅広い労務相談に対応しております。判断に迷った時はぜひ弊法人にご相談ください。

関連サービス

企業向けオンラインカウンセリングサービスPlattalks

「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlattalksを運営しております。カウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。

 

出勤しているのにパフォーマンスが低下?~「プレゼンティーズム」の損失と企業が取るべき対策~
出勤しているのにパフォーマンスが低下?~「プレゼンティーズム」の損失と企業が取るべき対策~
労働者名簿とは-「管理」から「活用」へ人事基盤を作る整え方
労働者名簿とは-「管理」から「活用」へ人事基盤を作る整え方

関連記事

働く自由をすべての人に

子どもの頃、お手伝いをしながら、理由もなくワクワクしたあの気持ち。
そんな「働くことの楽しさ」を感じられる組織をつくるために私たちは常に問いかけます。
「本当に必要なルールとは何か?」
「心は自由で、のびのびと働けるだろうか?」
私たちは自分の「夢」を信じ、社会で挑戦する人々をサポートし続けます。
すべては、世界の可能性を広げるために。