もくじ
令和8年度の労働基準監督署の監督方針が明らかになりました。
今回注目されたのは、労働者からの「申告」に対する考え方です。
これまでは、未払い賃金や解雇予告手当などの問題について、まず会社へ請求を行い、その後も解決しない場合に労基署へ相談・申告という流れが一般的でした。
令和8年度監督指導方針では、申告受理の考え方が見直され、労働者からの相談段階における対応姿勢にも変化が見られます。この変更は単なる行政内部の運用変更ではありません。今後の労基署の動きだけでなく、企業が行うべき日常の労務管理や相談体制にも大きな影響を及ぼす可能性があります。
本コラムでは、令和8年度監督指導方針の内容を踏まえながら、実務への影響と今後求められる対応について解説します。
1.「監督指導方針」とは何か?
監督指導方針とは、厚生労働省が示す監督行政の方向性や重点事項を整理したものであり、労基署が実施する監督指導(臨検監督)の運営に大きく影響するものです。
令和8年度については、厚生労働省労働基準局長通知「監督指導業務の運営に当たって留意すべき事項について」(令和8年2月5日 基発0205第5号)において、監督指導の考え方や運営方針が示されています。
具体的な内容には非公開部分も多く含まれていますが、その内容を読み解くことで、労働行政がどの分野に重点を置こうとしているのか、今後どのような監督運営を進めようとしているのかが見えてきます。
企業側から見ると、監督指導方針は単なる行政内部資料ではありません。むしろ、「今後どのような労務管理が求められるか」を把握するための重要な資料といえるのです。
2.「申告」と「請求」、何が違うのか?
今回の監督指導方針を理解するうえでは、「申告」と「請求」の違いを整理しておくことが重要です。
「請求」とは、労働者が会社に対して自ら権利を主張することをいいます。
例えば、解雇予告手当の未払いを会社に求める場合や、未払い残業代の支払いを会社に求める場合などがこれに該当します。
一方、「申告」とは、労働基準法第104条に基づき、労働者が労基署へ法令違反の疑いを申し出る制度です。つまり、請求は「会社に対する要求」であり、申告は「行政機関への申出」という違いがあります。
令和8年度監督指導方針では、この「請求」と「申告」の関係が見直された点が大きなポイントとなっています。
3.令和8年度は何が変わったのか?
今回特に注目すべきは、労働者からの申告受理に対する考え方の変更です。
これまでは、未払い賃金や解雇予告手当などの問題が発生して労基署に駆け込んでも、まずは会社へ「請求」するよう求められる場面もありました。
しかし、令和8年度監督指導方針では、会社への請求行為は申告受理の前提ではないことが明確に示されました。そして、労働基準関係法令違反を構成しないことが明白な場合を除き、原則として申告を受理する方向性が示されています。
そのため、今後は会社へ未払い残業代を請求していない場合であっても、「解雇予告手当が支払われていない」、「残業代が支払われていないと思う」といった相談から労基署が事情確認を進める可能性があります。
もっとも、これは直ちに違反成立を意味するものではなく、これまで入口段階で整理されていた相談内容についても、労働者側の事情や申出内容を確認する方向へ運用が見直されつつあることがうかがえます。
さらに、改正労働安全衛生法の施行により、一定要件を満たす個人事業主等からの申告も可能となるなど、労基署が対応する対象範囲も拡大する方向にあります。
4.この変更により実務はどう変わるのか?
今回の変更で企業側が最も意識すべき点は、従業員が社内相談や請求行為を経ず、労基署へ直接申し出るケースが増える可能性があることです。
例えば、解雇予告手当が支払われていないケースを考えてみましょう。
従来は、まず会社への支払い請求を行い、その後も支払いが行われない場合に申告へ進む流れが一般的でした。一方で今後は、会社への請求の有無にかかわらず、労働者が直接労基署へ相談し、労基署側が事情確認を行う可能性があります。
また、固定残業代についても同様です。
「固定残業代があるが、何時間分か説明を受けていない」、「給与明細に内訳がない」といった相談があった場合、直ちに未払い残業代が成立していなくとも、賃金規程、雇用契約書、給与明細、勤怠記録などの確認が求められる場面も想定されます。
つまり今後は、「違反していない」だけでは十分ではありません。会社への請求の有無にかかわらず申告へ進む可能性が高まる中で、企業側としても、平時から説明資料や運用状況を整理しておく重要性が高まるものと考えられます。
5.企業はいま何をすべきか?
今回の方針変更は、単に違反の有無だけを見るものではありません。むしろ、日常の労務管理が適切に行われているか、その内容を説明できる状態にあるかが、これまで以上に重要になるものと考えられます。
まず重要なのは、従業員が労基署へ相談する前に、社内で安心して相談できる環境を整備することです。相談窓口が存在していても、実際には利用しづらい、管理職へ直接言いにくい、相談すると評価へ影響すると感じられている場合、従業員は外部機関へ直接相談する傾向が強まります。そのため、社内相談窓口の整備や外部専門家の活用など、早期相談体制の整備が重要です。
また、固定残業制度、管理監督者制度、変形労働時間制、休憩管理、解雇手続、賃金控除などについては、制度と運用の整合性をいま一度確認しておくことが望ましいといえます。
日常の労務管理が労基署対応へ影響すること自体は従来から変わりません。一方で、今回示された方向性を踏まえると、制度だけでなく実際の運用状況まで整理しておく重要性はこれまで以上に高まるものと考えられます。
6.労基署対応は「来たら考える」ではなく「いつ来ても対応できる」体制へ
労基署対応は、監督当日に専門家へ相談すれば解決できるものではありません。
もちろんスポットでの対応も可能ですが、就業規則、賃金制度、勤怠運用、会社独自の運用ルールなどが把握できていない状態では、十分な対応が難しい場面もあります。特に申告案件では、「実際には適法であった」、「会社側に説明資料が存在した」というケースも少なくありません。しかし、その資料が整理されていなかったり、運用経緯が把握できなかったりすると、本来不要であった説明対応や資料整理が必要になることがあります。
プラットワークスでは、就業規則整備、勤怠運用の見直し、相談体制整備など、労基署対応を見据えた平時の体制構築支援を行っています。また、労基署の臨検対応や是正勧告対応、申告案件発生後の改善支援にも対応しています。
さらに、「すぐに顧問契約という段階ではないが、一度専門家へ相談したい」、「自社の運用に問題がないか確認したい」といった場合には、スポットでのアドバイザリー対応も行っています。
企業様からのご相談はもちろん、個人の方からのご相談についても、元労働基準監督官である弊法人代表が、ご状況を踏まえた個別アドバイスをさせていただきます。
継続的な労務支援については、人事労務アドバイザリーをご参照ください。
顧問契約前のご相談や個別案件については、スポット相談をご利用いただけます。
(アイキャッチ画像:厚生労働省「2023年4月から、労働基準監督署職員の作業服が新しくなります!」より)



