労働時間とは~人的資本を最大化するための再定義~

近年、私たちの働く環境は激変しました。AI活用や業務効率化を進め、労働時間短縮に注力する企業も増えています。
しかし、単に労働時間を短縮するだけでは、組織の生産性や社員の幸福度は向上しません。効率化の裏側で「見えない拘束」が広がり、かえって現場のエンゲージメントを損なっているケースも少なくありません。

いま求められているのは、人間が本来持っている可能性を広げるための労働時間の再定義です。 本コラムでは、「労働時間」と「労働者性」の法的解釈を紐解き、これからの組織において「労働時間とはどうあるべきか」という本質を整理します。

1.労働時間の真実―法律に「定義」は存在しない

実は、法律上には「労働時間とは何か」という直接的な定義文は存在しません。労働基準法には労働時間の上限についての枠組みが定められているのみで、その具体的な解釈は私たちに委ねられています。

そこで指針となるのが、長年の通達や判例の積み重ねです。過去、労働時間を巡って生じた数多くの紛争の中で、基準が築き上げられてきました。

労働基準法第32条(労働時間)

使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

条文には「労働させてはならない」とあるだけで、何をもって「労働」とするか基準となっているのは、以下の最高裁の判例です。

「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協定等の定めのいかんにより決定されるべきものではない。」
(最高裁第一小法廷判決 平成1239日 三菱重工業長崎造船所事件)

つまり、労働時間とは契約上の形式で決まるのではなく、実態として「使用者の指揮命令下に置かれているか」という客観的な事実に基づいて定義されるのです。
しかし、リモートワークが普及した今、労働時間とはもはや「オフィスの着席時間」や「タイムカードの打刻」という物理的な枠組みだけで捉えきれるものではありません。管理の手を離れた場所で生まれる価値や、デジタル上のやり取りの中にこそ、現代における労働の真実が隠れているからです。

では、そうした管理の手を離れた場所でのデジタル上のやり取りは法的な「指揮命令下」にあると言えるのでしょうか。
結論から言えば、たとえ自宅勤務であっても、デジタルツールを通じて随時具体的な指示を受け、即時対応する義務が生じている状態であれば、法的な「指揮命令下」にあると解釈されます。しかし、実態として「指揮命令下」にあるかどうかを客観的に立証することは、従来のオフィス勤務に比べて極めて困難です。

この境界線を明確にするためには、その個人がそもそも法的に守られるべき「労働者」に該当するかという、「労働者性」という根本的な概念に立ち返る必要があります。

2.現代における「労働者性」の再定義―昭和60年の指針はなぜ通用しないのか

何をもって労働時間とするかは前述しました。では、何をもって「労働者」と定義するのでしょうか。その判断にあたって最も参照されているのが、昭和60年の労働基準法研究会報告で示された「労働者性」という概念です。

この判断において最も重視されるのは、契約の形式ではなく、実態として「使用従属性」が認められるかどうかです。これは、働く人が会社の指揮監督下に置かれ、その労務の対価として報酬を得ている状態を指します。特に指揮監督下の労働であるか否かが重要なポイントとなっており、具体的には、業務依頼を断る自由があるか、場所や時間を拘束されているかといった客観的な事実(場所的拘束性、時間的拘束性)から、その関係性が問われます。

さらに、本人がどれだけ自律した事業者といえるか、あるいは特定の会社への専属性が強いかといった要素も、労働者性を構成する重要な指標となります。

出典:労働者とは |厚生労働省

昭和60年の労働者性の指針は、工場やオフィスという「特定の場所」で、上司の「直接的な視線」のもとで働くモデルを前提としたものでした。過去コラムの「事業概念 」でも触れた通り、こうした物理的な場所に基づく管理はかつての常識でしたが、現在は IT技術の進展により、その前提は大きく変化しています。

2-1. 知識労働者(ナレッジワーカー)の増加

昭和60年当時、全就業者に占める「製造業」の割合は約25%にのぼりました。しかし、総務省の『労働力調査』によれば、現在その割合は約15%まで低下し、代わって「情報通信業」や「サービス業」といった、目に見えない価値を創造するナレッジワーカーが主役となっています。
参考:産業別就労者数-労働政策研究・研修機構(JILPT)

ナレッジワークにおいて、生産性は「座っていた時間」ではなく「思考の質」で決まります。指示された手順をこなすだけの「指揮監督」は、かえって彼らの創造性を削ぎ落とし、企業の競争力を奪う結果を招く要因となりえます。

2-2. ツールによる見えない拘束(心理的拘束)

かつては会社の外に出れば「指揮命令」から解放されるのが一般的でした。しかし、現代はチャットツールやクラウドの普及により、物理的な場所に縛られずとも、24時間デジタル上で「見えない拘束」が可能な状態にあります。

厚生労働省の『過労死等防止対策白書』では、勤務時間外のメール対応などが精神的負荷を高めている現状が報告されています。場所的拘束がないからといって「労働者性」が否定されるのではなく、むしろデジタル上での「心理的・時間的拘束」という問題が発生しています。

2-3.代替性にかかる労働者性の判断要素の変容

昭和60年当時は、「誰でも代わりが務まる(代替性がある)」ことが労働者性を強める要素として捉えられていました。しかし、高度な専門スキルを持つナレッジワーカーは「その人でなければならない」存在です。
この「非代替性」が高まるほど、形式上はフリーランスであっても、実態は特定の企業に強く依存し、実質的な労働者性が強まるという逆説的な現象が起きています。

このように、昭和60年の物差しをそのまま現代に当てはめることには、明らかな無理が生じている中で、労働時間の概念についても捉えなおす必要があります。
私たちは今、場所や時間の「拘束」という古い言語を捨て、「自律した個人が、いかに健康を損なわず、組織と対等なパートナーシップを築けるか」という視点へのシフトが必要です。
管理するのではなく、互いが生み出す提供価値で結ばれる関係性へと移行することこそが、企業の生産性を向上させます。 

3.「新しい関係性」を築くための具体的アプローチ

3-1.柔軟な働き方を支援する制度

「労働時間」や「労働者」がいにしえの言葉で語られている一方で、実務現場では個人の裁量を尊重し、プロフェッショナルとしての自律を促すような、新しい関係性を築くための制度も整備されてきました。

フレックスタイム制(昭和62年制定)
始業・終業時刻の決定を完全に個人の裁量に委ねる制度です。日々の業務量や生活リズムに合わせ、時間管理ができます。「いつでも働ける」環境が深夜・休日労働の常態化を招かないよう、客観的な時間把握と健康管理の徹底が不可欠です。

裁量労働制(昭和62年制定)
実際の労働時間ではなく、労使で決めた時間を働いたものとみなす制度です。業務の遂行方法や時間配分を大幅に本人へ任せるため、場所や時間に縛られない自律的な活動を可能にします。
対象業務が法律で厳格に定められており、会社が具体的な進め方を指示しすぎると制度の有効性が否定されるリスクがあるため、信頼ベースの運用が求められます。

高度プロフェッショナル制度(平成30年制定)
年収や職種等の要件を満たす専門職に対し、休憩や休日、深夜といった法的枠組みを超えた自由な時間配分を認めます。時間規制がない分、年間104日以上の休日取得などの健康確保措置が厳格に義務付けられています。企業と個人の高度な信頼関係が前提となる制度です。

これらの制度は、単なる労働時間の調整手段にとどまりません。個人がプロフェッショナルとして自らの時間を律する自律性を重んじ、多様なライフスタイルに即した柔軟な働き方を実現するために、時代とともに形作られてきました。労働基準法には、過去の積み重ねと、現代の高度化する働き方に対応した制度が共存しています。

3-2.つながらない権利

現代はデジタルツールの普及によって、物理的な場所に縛られずとも24時間見えない拘束が可能な状態にあります。いま世界的に注目されている解決策が「つながらない権利」です。これは、勤務時間外のチャットや電話といった連絡を拒否しても不利益を受けない権利を指します。近年、欧州を中心に法制化が進んでおり、日本でも導入の機運が高まっています。
現場では「周囲への忖度」が壁となり、実効性が伴わないケースも少なくありません。しかし、デジタル上の心理的拘束から解放され、オンとオフを自らコントロールできてこそ、プロフェッショナルとしての真の自律は成立するものです。一律に遮断するルールを作るのではなく、業務内容やフェーズに応じた「納得感のある基準」を労使で対話・言語化していく。そのプロセスこそが、ツールに支配されない健全な組織文化を醸成します。

4.管理から組織・個人の成長へ―関係性を保護する法解釈

働く人が自らの意思で時間と場所を選択できる環境は、組織への信頼を高め、高いエンゲージメントを生み出します。
自由な裁量を与えられ、責任を引き受けることで、社員は自ら考え、判断する機会を日常的に得ることになります。この自律的な判断を繰り返すプロセスそのものが、プロフェッショナルとしての成長を促す実践トレーニングとなるのです。
管理から自発的な取り組みへのシフトは、個の成長が企業の競争力を引き上げるという力強い好循環を生み出します。

実際に、管理のあり方を自発的な取り組みへとシフトさせ、この好循環を実現している事例をご紹介します。

 ITWebサービス企業: 評価軸を「在席時間」から「共通価値観(バリュー)の実践」へ転換。フルリモート下でもミッションへの共感が「見えない絆」となり、監視なしで高い生産性を維持しています。

ソフトウェア開発・コンサル: 労働時間を「会社が縛るもの」から「本人が宣言するもの」へ変更。画一的な場所的拘束を廃止し、個々のライフスタイルに寄り添うことで離職率の改善に成功しました。

アウトドア・アパレル: 業務遂行の裁量を個人に完全に委ね、「良い波が来たらサーフィンへ」という自由な風土を実現。ミッションへの高い共感度が、管理の網に頼らない自律的な組織運営を支えています。

プラットワークスが考える「働く」とは、人間らしく自由に価値を創造することです。 民法が「契約」を保護するように、労働基準法は、共に何かを成し遂げようとする瞬間に生まれる「関係性」を保護する盾であるべきだと考えます。

仕事の中に自分自身の喜びと確信があるからこそ、人はプレッシャーに負けず健やかに情熱を注げます。この「内発的な動機」こそが、企業にとって最も尊い資源です。

労働時間を単なる管理対象として捉えてしまうと、従業員は労働を拘束された窮屈な時間と感じ、決められたルールの中でただ仕事をこなす状態となり、内発的な動機が削がれてしまいます。

労働時間をどう管理するかという問いは、社員一人ひとりの人生をいかに尊重し、その限られた時間をいかに創造的な価値へと転換していくかという、個人の幸福と経営の本質に直結しています。
社員の自律的なスキルアップと組織の目標達成を同期させることが、持続的に高い生産性を創出するための原動力となります。

プラットワークスでは、法的リスクを抑えつつ、社員の自律性を引き出す「新しいルール作り」をサポートしています。 PlaTTalksで現場の隠れた声を拾い上げ、人事制度の見直しによって「時間ではなく価値で評価する文化」を作るお手伝いをいたします。

ぜひ、お気軽にご相談ください。

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