もくじ
少子高齢化に伴う深刻な人材不足により、多様な人材を登用し、既存の従業員が長く働ける環境づくりが急務となっています。さらに、働き方改革の進展や「健康経営」への注目の高まりに伴い、多様な背景を持つ労働者一人ひとりが「働きがい」を感じられる環境づくりがより一層求められています。
国連のSDGs(持続可能な開発目標)でも、目標8に「働きがいも経済成長も」を掲げており、その中核として「ディーセント・ワーク」の達成が位置付けられています。では、ディーセント・ワークとはどのような概念でしょうか。なぜ今、これほどまでに注目されているのでしょうか。
本コラムでは、ディーセント・ワークの定義や注目されるようになった背景とともに、日本の労働環境において、労働者個人が幸福を実現できる働き方について、企業の果たすべき役割を関連させながら、考えをお伝えしていきます。
ディーセント・ワークとは?
「ディーセント・ワーク(Decent Work)」とは、1999年の第87回ILO(国際労働機関)総会において、フアン・ソマビア事務局長(当時)が提唱した概念で、日本語では「働きがいのある人間らしい仕事」と訳されます。
SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」の中心テーマとしても位置づけられています。
「ディーセント(Decent)」という英単語の本来的な意味は
「適切な」「きちんとした」「人前に出ても恥ずかしくない」といった形容詞です。 
「ディーセント・ワーク」における「ディーセント」は、
「人間としてふさわしい」「権利や尊厳が守られ、生活するのに十分な基準を満たしている」といった「人間としての尊厳や生活の質が保たれる状態」と定義されます。
ディーセント・ワークに関する研究
ディーセント・ワークに関する研究は大きく分けて「個人のウェルビーング(幸福感)との関連」と「企業や経済のパフォーマンスへの影響」の2軸で行われ、双方において明確な相関が実証されています。
①個人の心理・幸福に関する研究実績
2010年以降、心理学の分野において、ディーセント・ワークが個人の心理や幸福感に与える影響を実証する実験が増加しました。例えば、ディーセント・ワークが担保されていることは、個人の「人生の満足度や精神的健康」と中程度~高程度の明確相関があることが示されています(Su and Chan 2023)。そのほか、適正な労働時間や安全衛生が確保された環境では、離職率の低下やバーンアウトの抑制効果があることも多数の研究で証明されています。
②企業の生産性・業績に関する研究実績
ディーセント・ワークは「労働者の保護」にとどまらず、企業や国家の生産性を高める「投資」であることを示す実証結果がILOや各国の研究機関から発表されています。例えば、ILOの実証レポート(Sharpe and Fard 2022)や労働経済学の研究では、従業員の満足度や職場環境の改善がエンゲージメントを高め、生産性向上の要因となることが支持されています。
ディーセント・ワークが重要となった4つの背景
ディーセント・ワークが国際社会で注目されるようになった背景には、1990年代以降の経済のグローバル化に伴って労働問題が深刻化し、「単に仕事があるだけで人々は幸せで豊かになれるわけではない」という現実が浮き彫りになったことがあげられます。具体的には以下の4つがあげられます。
①グローバル化と過度な市場競争
1980年代の冷戦終結後、世界経済のグローバル化が加速しました。国境を越えたモノ・資本・人の移動が自由化されたことで、企業や国家間で激しいコスト削減競争が起こりました。その影響により、企業は労働コストを抑えるため非正規雇用の拡大等を進め、労働者の権利や雇用の安定が損なわれていきました。そして、この悪循環を止め、働く人を大切にする雇用環境づくりの必要性が高まりました。
②既存の労働問題(強制労働・児童労働・差別)の深刻化
サプライチェーンが発展途上国へ広がるにつれ、以下のような深刻な人権・労働問題が可視化されました。単に仕事をつくるだけではなく、仕事の質を改善しなければ貧困や人権侵害は解決されないという事実が国際的に認識されました。
・児童労働:貧困により子どもが学校に行けず働かされる
・強制労働:自由を奪われた状態で強制的に働かされる
・不合理な差別:性別や人種、雇用形態による不合理な賃金・待遇格差
③社会的セーフティーネットの欠如とワーキングプアの増大
病気やケガ、失業、老後に対しての社会保障制度が整っていない国が多く、一度働けなくなると即座に貧困に陥るリスクが問題視されました。また、世界的に働いているにもかかわらず生活水準以下の暮らしを余儀なくされる人々(ワーキングプア)の増加も深刻化しました。日本でも近年の物価高や非正規雇用の増加等の様々な背景によって相対的貧困率が15.4%にのぼり、主要先進国の中でも高水準となっています。
④テクノロジーや産業構造の変化に伴う課題
インターネットやITの普及の他、時代とともに変化する産業構造に伴い、ギグワーカーなど従来の正社員をモデルとは異なる新たな働き方が急増しました。これにより、既存の労働法や社会保障の枠組みから外れた労働者をどのように保護、支援していくのかという新たな課題が浮上しました。
ディーセント・ワークを構成する4つの柱
ディーセント・ワークは、1999年に開催されたILO総会および2008年「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」において、以下の4つの戦略目標にもとづいて初めて実現されるとしています。
1)働く権利の保障
労働基本権が保証され、差別や強制労働、児童労働のない環境を整えること。
(例:同一労働同一賃金による雇用形態による不合理な待遇差の解消)
2)適切な雇用の創出
国や企業が質の高い雇用を生み出し、労働者の良好な生活水準の確保へ繋げること。
(例:職業訓練や教育プログラムの実施)
3)社会保障の拡充
最低限の賃金保障や決められた労働時間の遵守、病気やケガ、老齢などのリスクに対して医療保険や年金など社会保障の仕組みが機能していること。
(例:働き方改革による長時間労働の是正)
4)社会対話の推進
労働条件や労働環境について、労働者・使用者・政府が話し合い、解決策を見出せる仕組みがあること。
(例:多様な働き方を推進する労使の制度設計)
ディーセント・ワークと個人の幸福から考える働きがい
では、ディーセント・ワークの条件である「十分な収入」「労働環境」「安全」「社会保障」を満たしたとき、全ての人が幸福なのでしょうか。あるいは、それらを満たしていない場合は必ず不幸なのでしょうか。
プラットワークスでは、これらの条件を満たすディーセント・ワークは必須条件であっても十分条件ではないと捉えています。もちろん、芸術家や起業家、職人など、強い情熱や良好な人間関係などの内的な充足があるために、収入や労働環境等の外的なディーセント・ワークの条件を満たしていなくても幸福を感じている個人は存在します。
しかし、長期的に見た時、どんな劣悪な環境下でも情熱や人間関係などの内的な充足のみで幸福を感じられるのは個人の資質や特定の状況に依存した例外とも言えます。
そのため、誰もが持続的に安心して幸福を感じられる社会を目指すためには、ディーセント・ワークは全員にとって不可欠な前提条件なのです。
従業員の幸福を実現するために~企業に求められる対応~
少子高齢化が加速する日本においては、深刻な人手不足や社会保障負担の増大が大きな課題です。「働き方改革」等を通じて長時間労働への規制強化やハラスメント対策、メンタルヘルス対策など、ディーセント・ワークの実現に向けて取り組みが進めています。しかし、ディーセント・ワークという土台を築いたうえで、すべての従業員が「内的な充足(働きがい・やりがい)」を得られることが従業員が幸福を実現する上で重要であるとプラットワークスは考えています。企業に求められる対応は以下の通りです。
1)ディーセント・ワーク(外的な安心・安全)の実現
日本の企業がディーセント・ワークを実現するためには、従来の「終身雇用・長時間労働・属人性」を前提とした雇用慣行から、「柔軟性・公正・人間性の尊重」を軸とした組織構造へ移行することが求められます。
①長時間労働の是正
残業禁止等にとどまらず、DX推進等で長時間労働の原因となるプロセスの見直しや業務の標準化、勤務間インターバル制度導入、有給取得促進
②同一労働同一賃金
ジョブ型人事制度など雇用形態ではなく職務に応じた評価・報酬体系を構築する。非正規社員のキャリア支援制度を拡充する。
③ハラスメント対策とメンタルヘルスケア
ハラスメント通表窓口、メンタルヘルス支援(カウンセリングサービス)の提供
④多様で柔軟な働き方の支援
テレワーク、フレックスタイム、短時間勤務制度の定着と対象拡大。男性の育児休業取得率向上支援や休業に伴う代替要員の確保や業務シェアの仕組みづくり
⑤サプライチェーン全体における労働環境保護や人権遵守の意識徹底
サプライチェーン人権方針の策定をし、取引先を含めた安全基準違反を是正するためのガイドライン設置。取引先への定期調査と改善支援(優越的地位の濫用を避ける)
2)内的な充足の獲得
ディーセント・ワークという土台を整えたうえで、従業員が仕事を通じて内的な充足を得るためには、「適度な裁量権」があることや、「仕事の意味や成長実感」「良好な人間関係と承認の実感」とその中で従業員が承認されているという実感が重要となります。
①職務の自律性と自己決定権の付与
マイクロマネジメントから脱却し、目標・ゴールを明確にしつつも、アプローチやプロセスの選択肢を現場や個人に委ねる。
②仕事の意味と存在意義の共有
企業の理念やビジョンと従業員の日々の業務や目標と結びつける。エンドユーザーの声や社内他部門からの感謝を届ける、自分の業務がどのように役立っているか実感できる仕組みを作る。
③心理的安全性と組織での承認とコミュニティ形成
成果だけでなくプロセスや従業員自身を認める1 on 1の実施や、ピアボーナス制度等の導入。サークル活動など部署を超えた横のつながりを支援する。
④成長実感とキャリアの選択肢の提示
社内公募制度や社内副業制度を導入し、自発的に新規事業やプロジェクトに参加できる仕組みづくり。リスキリング・学習支援を拡充する。
※ディーセント・ワークの実現と内的な充足による役割比較
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側 面 |
主な取り組み |
企業における役割 |
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ディーセント・ワーク |
適正賃金、労働時間管理、安全衛生、雇用安定 |
不安・不満を取り除き、安心して働ける「土台」 |
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内的な充足(働きがい) |
裁量権、意味の実感、承認、成長機会、人間関係 |
主体性を引き出し、熱意と成果を生む「エンジン」 |
今回のコラムでは、ディーセント・ワークの概要や注目される背景、そして労働者個人の幸福実現の視点から、企業に求められる役割について解説しました。
企業は単に「人間らしい生活を営むための条件や環境」を提供するだけの存在ではなく、自己実現や意味の実感など、個人の幸福を実現するためにも極めて重要な役割を担っています。労働条件や制度という条件面を整えることはもちろんのこと、従業員一人一人が働く中で幸福感や内的な満足感を働く上で得られるよう機会を提供することが不可欠です。この両輪を満たす制度設計・運用を行うことが、組織の生産性を高め、持続可能な経営を実現するカギとなります。
また、ディーセント・ワークの重要要素である、「労働安全衛生の確保(メンタルヘルス疾患の予防)」において、オンラインカウンセリングサービスの活用は非常に有効です。カウンセリングは不安の解消だけでなく、自己理解を深めモチベーションを再構築する上でも大きな役割を果たします。
プラットワークスでは、社会保険労務士による適法かつ柔軟な労働環境の制度設計と、オンライン心理カウンセリング「PlaTTalks」を通じた予防的なメンタルヘルスケアを融合させ、全世代の従業員が安心して持続的に活躍できる「自律型組織」の構築を強力に支援してまいります。



