欧州自動車産業のリストラに学ぶ「選択と集中」の罠 ―― 不確実な時代に必要な「マルチパス型」人事戦略とは

2026年9月3日、ドイツの自動車大手フォルクスワーゲンは2030年までに新たに5万人の人員削減を行うことを発表しました。フォルクスワーゲンは2024年より国内で5万人の人員削減を進めており、グループ全体で合わせて10万人(全従業員の15%)にのぼります。
フォルクスワーゲンの他にも、BMWが最大約8,000人の人員削減、ポルシェが約9,000人の削減を発表するなど、ここ数年で欧州の自動車メーカーにおける大規模なリストラが相次いでいます。
では、なぜ欧州の自動車メーカーでこのような事態が生じているのでしょうか。その主要因と考えられるビジネスにおける「選択と集中」の罠について解説し、不確定で予測しづらい現代の市場環境において、企業に求められる経営戦略・組織づくりについてお伝えします。

自動車メーカーがリストラに陥った背景

欧州自動車メーカーで起きた人員削減の背景には、単なる業績不振ではなく、市場環境や事業構造の戦略等、複数の要因が複雑に絡み合っています。主な要因は以下3点です。

①EVへ一本化した事業戦略とEV市場の成長鈍化
…EUの脱炭素政策を受け、欧州メーカーはEV(電気自動車)シフトへ巨額の投資を行いました。しかし、主要国での補助金の打ち切り、インフラ整備の遅れ、バッテリー資源問題、車両価格の高さなどが響き、EV需要の伸びが急速に鈍化しました。それにより、EV事業へ資源を集中させていた企業の業績に大きな影を落とすこととなりました。

②中国メーカーの台頭と中国市場における収益消失
…これまで欧州メーカーにとって、最大の利益源は中国市場でした。しかし、中国においてBYDをはじめとする現地EVメーカーが台頭し、低価格かつ先進技術を備えた現地メーカーにシェアを奪われたことで、メインの収益源を失ってしまいました。

③欧州企業の構造的な高コスト(生産・人件費)
…ロシアのウクライナ侵攻以降のエネルギー価格高騰に加え、欧州企業の世界的にも高い人件費や強力な労働慣行が重荷となり、コスト構造の柔軟性を失っていました。

ビジネスにおける「選択と集中」のリスク

将来のEV需要の増加を見込み、EVへ事業投資を集中させた欧州メーカーの戦略は、結果として裏目に出る形となりました。このような成長領域に集中して経営資源を投下する「選択と集中」は効率的でスピード感のある有効な手法ではある一方、不確実性の高い現代の市場においては以下の大きなリスクをはらんでいます。

①論理的な思考への過度な依存による「組織風土の膠着化」
…方針が一元化されると、その決定に対して疑問や異論を唱えにくい組織風土が形成されます。その結果、現場の顧客ニーズとの乖離やトラブル対応の遅れにつながります。また、大多数と異なる視点を持つ人物が「組織の調和を乱す存在」とみなされ、同質的な価値観を持つ人材が評価されることで、組織風土の膠着化がより一段と加速します。

②市場変化への対応力(柔軟性)の低下
…特定分野にヒト・モノ・カネが集中すると、それ以外の領域を「非効率」として切り捨ててしまうため、市場の潮流が変わった際に方向転換や適応が遅れてしまいます。

③新たなイノベーション創出機会の喪失
…組織において多様な価値観や異質な視点を持つ人材が排除されることで、従来の枠組みを超えた新たな発想やイノベーションが生まれる機会を失ってしまいます。

日本企業にできる対策~マルチパスウェイの視点~

こうした欧州企業の構造的問題を踏まえ、日本企業に求められるのは、過度に一極集中せず複数の選択肢を保持する「マルチパスウェイ(全方位)」戦略です。マルチパスウェイとはトヨタ自動車などが提唱する、特定の技術だけに頼らない「全方位」のアプローチです。

トヨタのマルチパスウェイ戦略

欧州が「内燃機関車(エンジン車)の排除・EV一辺倒」へと傾倒したのに対し、トヨタは「敵はエンジンではなく二酸化炭素」という本質に着目しました。EVだけでなく、ICE(ガソリン車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、HEV(ハイブリッド車)、FCEV(燃料電池車)など、様々な車種を活用して脱炭素を目指す戦略です。

この戦略をとることで、国や地域のインフラ事情に応じた最適な製品を供給できるため、特定の技術や資源、市場に依存するリスクを分散でき、市場や情勢の変化に柔軟に対応することができます。

※トヨタ自動車株式会社 公式企業サイトより

人事・労務管理における「マルチパス」の重要性

欧州自動車産業の事例が示すように、事業戦略の軸を一本化しすぎたことは、リスクヘッジの弱さと特定市場への過度な依存という弊害を生みました。
「選択と集中」は短期的には有効ですが、長期的な事業戦略を策定する際は、単一のトレンドに流されて過度な集中に走るのではなく、多面的な可能性を考慮したポートフォリオを組むことが重要です。
そして、この「選択と集中」の弊害は事業戦略にとどまらず、組織風土や人事評価にも大きな影響を与えます。

日本の組織の歴史と「ジョブ型」からの揺り戻し

では、不確実で変動の激しい現代市場において、どのような組織が求められるのでしょうか。
日本の組織編制の歴史を振り返ると、従来の「メンバーシップ型」から、役割や職務を明確にする「ジョブ型」雇用への移行が進んでいきました。しかし、現在ジョブ型に対する一種の揺り戻しが起こりつつあります。なぜなら、極端なジョブ型は従業員の職務範囲を限定しすぎてしまい、変化への柔軟性や相互の助け合いを損ねるリスクがあるためです。
日本企業には本来「顧客志向」の高さや全体俯瞰・お互い様思考といった独自の労働観があります。これは、諸外国に比べて身分・階級の壁が緩やかであった歴史背景にも起因します。つまり、日本の従来の企業では単に社内の「競争」を目的とするのではなく、ルールの範囲内で「より良いサービスや製品をつくること」に価値を置く文化がありました。
そして、現代は、「コスパ・タイパ(効率性)」追求の先にある価値が見直される時代を迎えています。富裕層を中心に、アートのような一期一会や旬を楽しむ消費傾向が高まりつつあるほか、古来より日本で茶器や日本刀、庭園などが重宝されてきたように、職人技のような洗練された手仕事に高い付加価値を見出す動きも広がっています。
これまでのサービス提供は、目の前の課題や顧客の不満を解決する「部分最適」アプローチが中心となっていました。
しかし、これからは、日本の伝統工芸のように、顧客の本来の望みをかなえる新たなコンセプトを生み出し、サービスを通じ感動や共感を提供するような「全体最適」の顧客志向こそが重視されていくと考えられます。
だからこそ、このような「サービス提供そのものを起点とする視点」や「日本の組織が培ってきた全体最適の視点」が改めて重要となっています。

柔軟な組織と「ジョブ型+成長の日本的視点」の融合

このような不確実性の高い時代(本来の変動する市場)において有効なのは、一人ひとりに複数の役割を持たせる「柔軟な組織」です。
ジョブローテーションなどを通じて多様な部署を経験し、短期的な数値目標の達成だけでなく、長期的な目線で人材を育てる、といった、多様な部署をまたぎ、異文化や異なる経験を融合させるアプローチは、従業員の潜在能力を引き出し、イノベーションや新しいアイデア創出を生み出す源泉となります。
このことから、今求められているのは、明確な役割を定義する「ジョブ型+成長(複数の役割を統合して潜在能力の発揮を促す日本的視点)」の融合です。
そもそも組織とは「より良い社会や生活をつくる変化を生み出し、人々の幸福に貢献すること」を目的として存在します。数値的目標はあくまで結果であり、本質的な前提ではありません。変化の激しい市場と社会に対応するためには、働く人と組織自体が、社会の発展のために常に自ら変化し続ける存在である必要があります。
そして、従業員一人ひとりの価値(潜在能力)を引き出すことが、結果として個人の成長と数値的成果の双方につながります。なぜなら組織と従業員、そして社会は独立しているのではなく、相互に関係しあっているためです。

人事・労務領域における「マルチパス」の具体的取り組み

このような柔軟で持続可能な組織を形成するためには、人事・労務領域においても集団思考や同調圧力を防ぎ、組織の柔軟性を高める「マルチパス(多面的・全方位)」の視点を取り入れた取り組みが不可欠です。

①多面的かつ客観的な評価制度の構築
評価軸を単なる「数値目標の達成」だけでなく、そこに至るプロセス、批判的思考、挑戦的行動などを独立した軸で評価する仕組みが欠かせません。
そのためには、従業員の価値貢献や成長段階を適切に捉えられる人事制度の運用が重要です。
具体的な方法として、「役割の拡大と深化」があげられます。複数の役割を担いキャリアの幅をもたせること(拡大)と同じ業務でも安定したクオリティでこなせるようになること(深化)は、長期目線で従業員にとってのキャリア上の価値をつくります。このような複数の役割を担う機会と深化するチャンスを会社が提供することで、個人が一つの役割に依存し、事なかれ主義による行動制限なく、成長実感を得られるキャリアを築いていくことができます。(過去コラム参照)

②心理的安全性の醸成
客観的な制度設計に加え、従業員が反論や異論を安心して発言し、建設的な議論ができる「心理的安全性の高い職場風土」の形成も重要です。例えば定期的な上司との面談においては、業務進捗だけでなく、業務にあたって感じているリスクや懸念、会社の方針に対する率直な疑問などを話せる場として活用します。直接業務で関わりのない他部署の従業員等によるメンター制度を設けることで、業務や評価への影響を恐れずに本音を話せる関係性を構築できます。さらに、従業員が不安を感じた際にいつでも相談できるよう、社内外の相談窓口を設置することもメンタルヘルス支援として有効です。

このように過度な「選択と集中」は事業の健全な発展だけでなく、組織風土や人材育成においても歪みや悪影響を及ぼしてしまうリスクをはらんでいます。このようなリスクを防ぐために、人事・労務管理面においても客観的かつ多面的な視点のある制度設計と多様性ある組織づくりが求められます。そして、このような組織づくりは従業員個人のためになるだけでなく、組織の発展・生産性の向上の目線においても有効です。

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