もくじ
終身雇用制度の崩壊、職業観の変化などに伴い、時代が目まぐるしく変化し、人々の働き方が大きく変わっている近年において、「エンゲージメント」という概念が注目されています。人手不足が問題視される労働環境においては「エンゲージメント」が組織差別化や組織の存続にも重要であるともいわれています。
また、「エンゲージメント」と対比される概念として「コミットメント」があげられ、両者は似ているようで、大きく異なります。今回のコラムでは過去に解説した「ケアの倫理」を参照しつつ、特に「ワークエンゲージメント(以下、「エンゲージメント」という)」の概念を倫理的視点から掘り下げます。そして「コミットメント」と概念的に対立する構造について解説していきます。
エンゲージメントとは
「エンゲージメント(Engagement)」とは、活動に対して活力・熱意をもって没頭している状態(The process of encouraging people to be interested in the work of an organization)
を指します。例えば、職場環境でいえば、自分の仕事に対して情熱を持ち、周囲と協力しながら仕事に取り組むことを指し、このように自ら働き、成長を通じて進んで組織に貢献しようとする意欲を指しています(ワークエンゲージメントについては過去のコラム参照)
また、エンゲージメントは一時的な気分によるものではなく、持続的であること、主体的であることが特徴です。
エンゲージメントとケアの倫理の関係性
また、過去のコラム(ケアの倫理①・ケアの倫理②)で解説したケアの倫理は、他者のニーズに応答して人間関係を維持したり強化したりするという考え方をもとにしており、自発的に生じた責任によって行動を生み出しています。つまり、理由を他に求めず、自分の意志で他者と協力しながら組織のために働く状態である、エンゲージメントの根底となる方針・考え方です。
ケアの倫理は今後の職場環境において重要となる考え方ですので、エンゲージメントの重要性もますます増していくと予想できます。
コミットメントとエンゲージメントとの違い
「コミットメント(commitment)」とは、ある目標や価値観、組織に対する約束や誓い(The hard work and loyalty someone gives to an organization or activity)を意味します。また、この約束は単なる約束ではなく、仕事の成果を約束する、全面的に約束するといった義務的な約束になります。なお、労働環境では「組織コミットメント」という言葉がよく使われます。
エンゲージメントとコミットメントの違いとして、コミットメントに基づく行動は法的義務や約束、制度にもとづいたものであり、多くは承認欲求や評価されることなどの他者由来の動機として行いますが、一方で、エンゲージメントによる行動はそういった法的義務や約束に基づかず、自発的なもので、自己実現など自身の意志をもって行われます。
また、ケアの倫理の観点で考えると、エンゲージメントはケアの倫理に基づいた「他者をケアする責任」により、自発的に生じた熱意ある状態を示します。それに対してコミットメントは法的な義務や約束といったきまった目標や価値観に対しての行動で、義務やルールを重視する正義の倫理に基づいた状態が近いといえます。(正義の倫理については過去のコラム「コールバーグの正義の倫理」参照)
【エンゲージメントとコミットメントの原理的対比】
| 観点 | エンゲージメント | コミットメント |
| 動機の源泉 | 自発的、内的動機(自己実現、情熱、責任感) | 義務的、他者由来(法的義務、約束、承認欲求) |
| 根底となる倫理 | ケアの倫理(他者との関係性、自発的責任) | 正義の倫理(義務、ルール、約束の履行) |
| 状態 | 持続的な熱意・没頭(Vigor, Dedication, Absorption) | 忠誠心・誓約(組織への所属・残留意欲) |
| 企業の目標 | 自発的貢献の最大化と組織成長 | 離職防止と目標達成の実現 |

エンゲージメントの職場への影響と重要性
エンゲージメントが高いことによる職場へのメリットは以下があげられます。
組織で働く労働者のエンゲージメントが高いと、組織の成長に直結します。個人のパフォーマンスや他者への支援行動も積極的に行われます。
①生産性・業績の向上:業務への没入度が高まるのでミスが減り生産性が高まります。それにより企業業績の向上につながります。
②離職率の低下・定着率の向上:エンゲージメントが高い状態により、従業員の帰属意識が高まり、メンタルヘルス疾患の防止にもなるので、離職や欠勤を防ぐことができます。
③組織の活性化・イノベーションの促進:組織のエンゲージメントが高いことで従業員間のコミュニケーションが活発化し、自発的な意見交換や協力し合う体制が整い、組織が活性化します。
組織がエンゲージメントを重視しない場合、従業員は「何をすれば承認されるか」という他者の基準に目を向けがちになります。その結果、成果ではなく「長時間労働」や「上司への迎合」といった、本質的でない行動を模倣し合い、組織内部で際限のない承認競争が生まれます。(模倣的欲望については過去のコラム「ジラールの欲望」参照)
このような状況に陥ると、個人の自発性や情熱(エンゲージメント)は急速に失われ、組織は疲弊します。エンゲージメントを高める仕組みづくりとは、まさにこの不健全な承認競争を避け、貢献と成長という健全な軸で評価される原理的な土台を整備することに他なりません。
今こそ求められる組織原理の転換
このように、エンゲージメントの高い職場には数多くのメリットがあり、働き方が多様化している現代においては、法的責任や義務感、組織への忠誠心(コミットメント)を軸にした仕組みづくりから、自らの意志によって自発的な情熱を引き出していく仕組みづくり(エンゲージメントを高める仕組みづくり)へ、組織原理の転換が求められています。
このような仕組みづくりにおいては、「義務」と「自発性」という原理的な対立を解消し、事業特性や組織風土に合った形で制度に実装できる、労務に精通した専門家のサポートが不可欠です。弊法人では、役員報酬、人事制度改定といった組織の根幹から、自発的な貢献を最大化する仕組みづくりを一貫して支援しております。
また、人事労務アドバイザリー業務を行っており、日常的な労務管理に関するご相談から例外的な労務問題にいたるまで、幅広い労務相談に対応しております。判断に迷った時はぜひ弊法人にご相談ください。
また。弊法人では、「メンタルヘルス対策」の一環として、「社会保険労務士」と「臨床心理士(公認心理師)」の協同で支援を行う、日本唯一の企業向けオンラインカウンセリングサービスPlaTTalksを運営しております。職場における心身の健康に不安を感じている従業員にとって、相談することで心の負担を軽くするプラットフォームとして活用いただくことができます。
PlaTTalksではカウンセラーによる従業員のメンタルヘルスケアを行うだけでなく、職場環境に問題がある場合は相談者の希望に応じて社会保険労務士との連携、相談対応も行っており、働きやすい体制構築に活用することができます。




